1年ぶりにオヤジと再会した。昨日、急に電話がかかってきたと思ったら『明日、お食事しない?』との事。いつも急にだが、今回はまた忙しそうですね。「あい、わかった」と秋の鎌倉で夕食を一緒にすることになった。思えば、もう1年会ってない訳で。そういやぁ〜六本木の写真展からもう1年?!オヤジ、元気かい?と聞くとさすがに、今回は元気じゃないらしい。今回は眼の手術で、東京に出てきたのだ。
1年前、会った『この前の場所』で再会。ただの鎌倉駅の改札前なんですけど。仕事を終えて急いで江ノ電に乗って「お待たせしました!」と忙しく到着すると久々に会って一言目が『待たされました!!』だった。なんだ、この親子の会話は・・・。
しかも、僕は民主党の『政権交代』T−シャツ、オヤジは『ヨコスカバーガー』のT−シャツ。亮子さんに、『あんたたち、親子そろってセンスが似てるねぇ』と言われてしまった。僕の『政権交代』シャツも突っ込みどころだが、オヤジの『ヨコスカバーがー』のシャツも突っ込みどころ満載。
今回もなんか忙しく再会し、忙しく会話。
1年分の出来事を凝縮して2時間で話すので、そりゃ忙しい。
お互い頭の中が、1年前で停まっているので、まずお互いの頭の中から整理しなくてはいけない。『あの子は、もう大島にいないよ』とか、『サワラが5匹つれた』とか、ところどころに重要な話と重要でない話が混ざっているので、中には驚愕の話とか、サラッと言う。
久々に会う親父と亮子さんは、相変わらずでオヤジはいきなり店員さんに絡みたくてしょうがないのを亮子さんが止める役目。二人を見ていると、不謹慎で複雑だが、やっぱりオヤジは離婚して良かったなぁ・・・とつくづくそう思う。
今の方が生き生きしているし、オヤジらしさがあるし、なにより自分の好きなことがやれているし、親子の距離っていうのは案外遠くても大丈夫らしい。
離婚する前、母といた時のオヤジは、怖かった。荒々しかったし、ストレスを溜めている感じだった。子供3人と所帯を支える責任を放棄したといえば、そうなるが、僕はその方がオヤジにとっては良かったのだとつくづく思う。その親の責任の重さからストレスを溜めて、島にも帰りたいが、帰れない状態で東京で慣れない仕事をするよりかは、島で生まれ育った海をガイドしている今の方が断然、違う。
離婚して、初めてオヤジがいなくなったんだなぁ。と思ったのは母が、週末家族旅行に頻繁に僕たちを連れて行くようになってからだ。きっと母は母なりに、家族サーヴィスとして、休日はお父さんと過ごす時間が、うちは離婚してお父さんがいないのでその時間を過ごせないので、そういった時間のすごし方をさせない為に、母は僕たち子供3人を連れてよくユースホステルに旅行に連れて行ってくれた。
その旅行の、お風呂に入る時間のことだった。大浴場で大体、旅行にお風呂というと親子でお風呂に入っていたし、周りもお父さんが子供を連れて入ってくる。自分たちはというと、兄である僕と弟の二人でお風呂に入らなくてはいけなかった。当時小学生だった私は、その時に『ああ、うちにはお父さんがいないんだなぁ』と寂しさに似た、感覚を覚えている。弟はもっと小さかったので、兄と二人での大浴場は心細く、小学生二人で男湯に入るのは、なんか気が引けた。今までオヤジと入っていたし、周りの家族で同じ位の子供は、やっぱりお父さんが一緒に風呂に入って大浴場で騒ぐなとか怒られているわけ。それが妙にうらやましくもあったし、いない親父が少し憎かった。
そんないない親父は、というと子供3人の育児を放棄して島に帰り、海のガイドを始めた。親父なりにやりたいことだったんだろう。親父は後ろめたさもあっただろうが、それ以上に現状に満足していなかったというか、やはり島で過ごしていきたかったのだと思う。
1年ぶりに会うオヤジは、眼を手術して2週間静養している状態だった。手術の内容は聞くのも、痛い。眼にメスを入れて(しかも局部麻酔)一度眼を出して、目の中にメスを入れて、眼についた濁りを切除するという内容の手術だったそうだ。やっと一昨日、眼が開けられたそうでまだ眼は赤かった。
鎌倉で1年ぶりに食事をしながら、過ごす時間は愉快で楽しいものだった。話も途切れることなく1年が2時間に凝縮されてゆく。
最初に入った、イタリアンのお店はジャズがかかっていて、親父にはお洒落過ぎたようだ。手術の回復と再開を祝って、親父はコーラ、亮子さんは白ワイン、僕はイギリスのビールで乾杯をした。なんだか落ち着かず3品ピザとソーセージと、ムール貝を頼んで少し食べただけで、『よし、次の店いこう!!』と店を出たがった。どうやら親父にはお洒落すぎたお店だったようだ。オヤジが選んだのは『居酒屋 ワタミ』だった。なんか、ご飯系ががっつり食べたいそうで。
オヤジはお酒を全く飲まなくなった。
飲み物もコーラかジンジャエール。体に気をつけているようでお酒は止めたらしい。色々なことを2時間で話したが、『お前と「はしご」するなんて、始めてだな』とお眼目をパチクリ、パチクリさせていた。そんな感じで、今仕事はどうなのかとか、島へはいつ帰って来れそうなんだとか、あいつはもう今、引き上げだとか、この辺りの風景も変わってしまったとか。小笠原の昔の写真がほしいとか、副店長の村井さんが優しくて愛想もよくて気に入ったとか、なんだかこの1年を色々と凝縮してオヤジと亮子さんと酒を飲みながら話した。いつになったら、彼女を紹介するのかとか、トミーと魚屋はどうしているだとか、この前農大の学生に声をかけられたとか、オヤジが聞いてくる。まぁ、お互いお互いに質問ばかり。久々の再会だものね。
そんな感じであっという間に2時間が過ぎ、『明日はグラコロ食べるんだぞ!』なんていいながら目を輝かせていた。(島にはマクドナルドがないので)でも、明日は眼の抜糸らしく、痛いらしい。眼というか脳みそがガンガンするらしい。そうゆう大事なことは早く言えよ・・・オヤジ。亮子さんがついてくれていれば、安心だが。やっぱ。離婚して良かったなぁ〜と見ていてつくづく思う。
母は離婚してから、忙しくなった。子供たちを休日は旅行に連れてゆくことが増えた。母はなんだか優しさが増えて苦労も増えたと思う。今度は母に少しづつ、苦労した分を返す時なのかなぁと思う。親父にはオヤジでまだまだ、遊べる年頃なので、「一緒に大物釣りに行ったりしたいよなぁ」なんて言ったら、今日業務用の竿を5本買って来た!なんて。
そんな感じで1年ぶりの再会は、慌しく相変わらずだった。
それでいいんだろう。
小笠原には小笠原の亮子さんという母がいて、オヤジがいて、こっちには育ててくれた母がいる。母が二人にオヤジが一人っていうのも、いいものだと思う。
鎌倉でオヤジと亮子さんに『体だけは気をつけて』と別れを告げて帰宅の電車に乗り込んだ。秋の鎌倉の夜を後にして、そんなことを日記に、書いておかなきゃなと揺れる江ノ電の中、思いをまとめて思考を巡らせていた。
家に帰ると、母には何も言っていないのだが、多分、この時期になるとこっそり、オヤジが帰ってくるのを知っているんだろう。鎌倉に行ってきたという=親父と会ってきたということ。母は『パパと食事してきたの?』と聞いた。母にはなんでも筒抜けのようだ。母は、なんでもお見通しだ。
両親に3人に親孝行せねば、と思う秋の鎌倉の夜だった。【南瑠衣】
小笠原の世界遺産がピンチ!!!
まー、もう個人的には世界遺産とかなしでもいいと思う。
それくらいヒドイ。グリーンアノールが、オオシジミ喰っちゃうんだよね。オオシジミって、たしか紫で綺麗なチョウチョだった気がするなぁ。でもグリーンアノールが悪い訳じゃなく対策をとらず今まで野放しだった行政が悪いんだよね。世界遺産っていうブランドが目の前に掲げられたら、外来種の問題が浮上してきたわけで。
ようは、人間がいけないって事です。人間は最大の外来種だな。【南瑠衣】
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小笠原諸島(東京)の母島にしかいない国の天然記念物のチョウ「オガサワラシジミ」の絶滅を防ぐため、環境省が望みを託した人工繁殖が失敗していたことが12日、わかった。
同諸島の世界自然遺産登録を目指す政府は、来年1月に候補地推薦の手続きを取る予定だ。このチョウは、広げた羽が約2センチ。外来種のトカゲによる捕食で推定数百匹まで減少しており、生息数の回復が登録への最大の課題だった。5年間にわたる人工繁殖の試みが頓挫したことで、登録に黄信号がともり、生息地の保全が急がれる事態になった。
(読売新聞)
■世界遺産登録ピンチ…小笠原のチョウ、人工繁殖失敗
(読売新聞 - 09月13日 03:05)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=959534&media_id=20
〜〜〜地球時間÷湘南時間〜〜〜
日時:2009年7月27日(月)〜8月2日(日) 11:00〜20:00
場所:湘南藤沢(JR辻堂)『ecomo』ショップ内ギャラリー
主催:ビーチグラス作家・藤林貞雄/写真家・大塚光紀
内容:地球の脈動を表現した写真(小笠原で撮影)を長い年月を経て海岸にたどり着いたビーチグラスで作られたランプやキャンドルシェイドがライトアップ。小笠原の名産品の販売や最終日にはキャンドルナイト、民族楽器の演奏も。
協力:小笠原村商工会・小笠原村観光協会
イベントフライヤーはこちら↓
http://k.d.mail-magazine.co.jp/t/e4rh/80geslx00f9hmo5354
『ecomo』のHP↓
http://k.d.mail-magazine.co.jp/t/e4rh/80getlx00f9hmo5354
加藤孝志 作品展
〜〜〜〜〜海に遊び 木に遊ぶ 恐竜キッズランド〜〜〜〜〜
日時:2009年7月30日(木)〜8月4日(火) 11:00〜18:00
(最終日PM5:00まで)
場所:JR国立(南口)マクドナルド脇入る
東京都国立市中 1-9-38 tel 042-575-2051
ギャラリー「悠」
元小笠原小学校の図工の先生、加藤孝志さんの組み木工展です。島内ではイルカやクジラ、波の形などを題材にした作品があちこちに飾られているので目にしたことのある方もるのでは?
小笠原は実験室なんかじゃねぇ!!ボケが!!!!!!
野生の残る自然なんだよ!
そもそも、世界自然遺産に登録しながら、空港建設もしたいっていうのは欲張りすぎなんじゃないの?自然保護をとるか、空港建設の利便をとるか2つに1つでしょう。なんでもかんでも、世界遺産にして保護して、開発整備すりゃいいってもんじゃない。これだから役所は嫌いだ。現場は現状、無理でしょう。外来種の駆除なんかもっとバンバンやらないと世界遺産のブランドくれないよ。ようは村は世界遺産という名前のブランドがほしいわけだ。確かに、自分の田舎が世界遺産に残り選ばれること自体、誇れるし嬉しいが、どうも納得がいかない。
心から喜べないのが現状だ。野口健と10月に小笠原いくしかねーかな、こりゃ。俺も言いたいことはたくさんあります【南瑠衣】
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小笠原諸島:世界遺産推薦へ 生物進化示す「実験室」
政府は7日、小笠原諸島(東京都)を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に世界自然遺産の登録候補として正式推薦する方針を決めた。来年1月に申請し、11年の登録を目指す。環境省は9日の中央環境審議会に、小笠原国立公園区域の拡大など規制強化策案を諮問するなど、貴重な自然を守るための対策を強化していく。
政府は07年1月、世界遺産登録候補を載せる「暫定リスト」に自然遺産として小笠原諸島を追加した。だが、外来種のノヤギやトカゲのグリーンアノールなどが、希少な動植物の生態を悪化させており、遺産登録を危ぶむ声が出ていた。
環境省や東京都などは外来種の駆除や保護柵の整備を進めたところ、オナガミズナギドリの繁殖が回復するなどの効果が表れてきた。
さらに対策を強化するため、現在陸域で約6400ヘクタールある国立公園区域を約190ヘクタール拡大することにした。このうち、落ち葉の採取も規制されるほど最も規制が厳しい「特別保護地区」を現行の陸域の約4割から約7割に増やす。このほか、ザトウクジラなどが生息する沖合5キロ圏内を、海域の国立公園区域に編入。海域の公園面積を従来の4倍の約10万ヘクタールに広げる計画だ。
現在の世界遺産は国内外で890件。登録件数の増加に伴い管理が手薄になったり存在感が失われるとの懸念から、ユネスコの審査は厳しくなっている。
環境省は「新規登録のハードルは高くなっている。だが、希少種が多く生息し、生物の進化を示す生きた実験室と言える小笠原の価値は世界に通用する」と話す。【下桐実雅子】
【ことば】小笠原諸島
東京から約1000キロ南に位置し、南北400キロにわたり大小約30の島々が並ぶ。父島と母島に約2500人が暮らす。推薦区域は約7500ヘクタール。海洋島で固有の動植物が多く、昆虫の26%が固有種だ。オガサワラオオコウモリやクロアシアホウドリなど国際的な希少種57種が生息し、東洋のガラパゴスと称されている。
参照:http://mainichi.jp/select/science/news/20090708k0000m040074000c.html
親父のあの一言が忘れられない。
うちの家系は腰が悪くなりやすいようで、みんな腰痛持ちだ。
特に親父はヘルニアもやってるし、ひどい腰痛で動けなくなって救急車で運ばれることも度々あった。この前も冷蔵庫を開けて、かがんで牛乳を持った瞬間に、「ビキッ」とやったらしく動けなくなった。
昔、小学校か幼稚園の頃、腰に冷たいシップを貼ってくれとよく頼まれた。親父がプリンと尻を出して、僕が冷たいシップを「パチーーン」と勢いよく貼ると「オゥ!!」とビクンと動くのが面白くて笑い転げていた。それを見ていてか、お茶目に『パパ、まだ生きているんだよぅ?』『もっと優しくやってよ』という名言なギャグを言ったのを覚えている。
今でも思い出すと、笑えてしまう。
たまに電話で『バンテリン、送ってくれ』と言われる。
この前島に帰った時は、久々に親父の尻にバンテリンを塗り塗りしてやった。今回は優しくね。
親父は『お兄ちゃん、ありがとう』と尻を出したままうつぶせで寝ていた。その後ろ姿に尻にネギさしたらまた『オウ!!』って言うかなと思うと笑えてしまった。
続く。【南瑠衣】






























