大塚光紀の兄貴がFMヨコハマ『生出演』するよ!!
俺もついていっちゃおうかな!!ラジオ聴いてね!!
@みなみ
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まいど〜。 FMヨコハマに出ちゃうんです!
今週末。29日(土)の早朝。
FMヨコハマ 84.7MHz『ザバーン』という
週末アウトドア系番組で小笠原特集があって、
そこで絶対危険な『生』出演しちゃいます!
ヤベぇーよな!『生』は!
色々な意味で・・・(笑)
詳細は以下です。
5月29日(土)am5:00~am8:00の番組
『ザバーン』
枠はam7:00くらいを予定。
早起きしたら聞いてみておくんな!
毎回、島に帰ると料理してくれた冷凍餃子やご飯をもらった。
草むしりを手伝ったら、
缶コーヒーやバナナをくれた。
非常に、悲しい。
僕にはなんてメッセージくれたっけ・・・・。
『頑張ってね。』
だったと思う。
ただただ、悲しい。次会うのはお墓だね。待っててね、はなこさん。。
屋外で大麻を栽培したとして、警視庁組織犯罪対策5課などは大麻取締法違反(栽培)の疑いで、東京都小笠原村父島小曲の会社員、真田拓(ひろし)(31)と同村父島清瀬の会社員、菊池寛(28)の両容疑者を逮捕した。同課によると2人は「自分たちで使うために、今年の夏ごろから栽培を始めた」と容疑を認めている。
警視庁は2人の自宅などから大麻草15本、大麻約20グラム、種子約90粒などを押収した。
逮捕容疑は、11月8〜14日ごろ、同村父島小曲の畑など2カ所で、大麻草計11本を栽培したとしている。
同課によると、2人は地元の観光会社の同僚で、真田容疑者が海外旅行先で種子を購入し、菊池容疑者に栽培を持ちかけたという。畑や林の中に置いたプランターで育て、手作りした段ボール製の乾燥機で大麻を乾燥させていた。
大麻草を見つけた島民からの通報を受け、警視庁が捜査していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091208-00000533-san-soci
1年ぶりにオヤジと再会した。昨日、急に電話がかかってきたと思ったら『明日、お食事しない?』との事。いつも急にだが、今回はまた忙しそうですね。「あい、わかった」と秋の鎌倉で夕食を一緒にすることになった。思えば、もう1年会ってない訳で。そういやぁ〜六本木の写真展からもう1年?!オヤジ、元気かい?と聞くとさすがに、今回は元気じゃないらしい。今回は眼の手術で、東京に出てきたのだ。
1年前、会った『この前の場所』で再会。ただの鎌倉駅の改札前なんですけど。仕事を終えて急いで江ノ電に乗って「お待たせしました!」と忙しく到着すると久々に会って一言目が『待たされました!!』だった。なんだ、この親子の会話は・・・。
しかも、僕は民主党の『政権交代』T−シャツ、オヤジは『ヨコスカバーガー』のT−シャツ。亮子さんに、『あんたたち、親子そろってセンスが似てるねぇ』と言われてしまった。僕の『政権交代』シャツも突っ込みどころだが、オヤジの『ヨコスカバーがー』のシャツも突っ込みどころ満載。
今回もなんか忙しく再会し、忙しく会話。
1年分の出来事を凝縮して2時間で話すので、そりゃ忙しい。
お互い頭の中が、1年前で停まっているので、まずお互いの頭の中から整理しなくてはいけない。『あの子は、もう大島にいないよ』とか、『サワラが5匹つれた』とか、ところどころに重要な話と重要でない話が混ざっているので、中には驚愕の話とか、サラッと言う。
久々に会う親父と亮子さんは、相変わらずでオヤジはいきなり店員さんに絡みたくてしょうがないのを亮子さんが止める役目。二人を見ていると、不謹慎で複雑だが、やっぱりオヤジは離婚して良かったなぁ・・・とつくづくそう思う。
今の方が生き生きしているし、オヤジらしさがあるし、なにより自分の好きなことがやれているし、親子の距離っていうのは案外遠くても大丈夫らしい。
離婚する前、母といた時のオヤジは、怖かった。荒々しかったし、ストレスを溜めている感じだった。子供3人と所帯を支える責任を放棄したといえば、そうなるが、僕はその方がオヤジにとっては良かったのだとつくづく思う。その親の責任の重さからストレスを溜めて、島にも帰りたいが、帰れない状態で東京で慣れない仕事をするよりかは、島で生まれ育った海をガイドしている今の方が断然、違う。
離婚して、初めてオヤジがいなくなったんだなぁ。と思ったのは母が、週末家族旅行に頻繁に僕たちを連れて行くようになってからだ。きっと母は母なりに、家族サーヴィスとして、休日はお父さんと過ごす時間が、うちは離婚してお父さんがいないのでその時間を過ごせないので、そういった時間のすごし方をさせない為に、母は僕たち子供3人を連れてよくユースホステルに旅行に連れて行ってくれた。
その旅行の、お風呂に入る時間のことだった。大浴場で大体、旅行にお風呂というと親子でお風呂に入っていたし、周りもお父さんが子供を連れて入ってくる。自分たちはというと、兄である僕と弟の二人でお風呂に入らなくてはいけなかった。当時小学生だった私は、その時に『ああ、うちにはお父さんがいないんだなぁ』と寂しさに似た、感覚を覚えている。弟はもっと小さかったので、兄と二人での大浴場は心細く、小学生二人で男湯に入るのは、なんか気が引けた。今までオヤジと入っていたし、周りの家族で同じ位の子供は、やっぱりお父さんが一緒に風呂に入って大浴場で騒ぐなとか怒られているわけ。それが妙にうらやましくもあったし、いない親父が少し憎かった。
そんないない親父は、というと子供3人の育児を放棄して島に帰り、海のガイドを始めた。親父なりにやりたいことだったんだろう。親父は後ろめたさもあっただろうが、それ以上に現状に満足していなかったというか、やはり島で過ごしていきたかったのだと思う。
1年ぶりに会うオヤジは、眼を手術して2週間静養している状態だった。手術の内容は聞くのも、痛い。眼にメスを入れて(しかも局部麻酔)一度眼を出して、目の中にメスを入れて、眼についた濁りを切除するという内容の手術だったそうだ。やっと一昨日、眼が開けられたそうでまだ眼は赤かった。
鎌倉で1年ぶりに食事をしながら、過ごす時間は愉快で楽しいものだった。話も途切れることなく1年が2時間に凝縮されてゆく。
最初に入った、イタリアンのお店はジャズがかかっていて、親父にはお洒落過ぎたようだ。手術の回復と再開を祝って、親父はコーラ、亮子さんは白ワイン、僕はイギリスのビールで乾杯をした。なんだか落ち着かず3品ピザとソーセージと、ムール貝を頼んで少し食べただけで、『よし、次の店いこう!!』と店を出たがった。どうやら親父にはお洒落すぎたお店だったようだ。オヤジが選んだのは『居酒屋 ワタミ』だった。なんか、ご飯系ががっつり食べたいそうで。
オヤジはお酒を全く飲まなくなった。
飲み物もコーラかジンジャエール。体に気をつけているようでお酒は止めたらしい。色々なことを2時間で話したが、『お前と「はしご」するなんて、始めてだな』とお眼目をパチクリ、パチクリさせていた。そんな感じで、今仕事はどうなのかとか、島へはいつ帰って来れそうなんだとか、あいつはもう今、引き上げだとか、この辺りの風景も変わってしまったとか。小笠原の昔の写真がほしいとか、副店長の村井さんが優しくて愛想もよくて気に入ったとか、なんだかこの1年を色々と凝縮してオヤジと亮子さんと酒を飲みながら話した。いつになったら、彼女を紹介するのかとか、トミーと魚屋はどうしているだとか、この前農大の学生に声をかけられたとか、オヤジが聞いてくる。まぁ、お互いお互いに質問ばかり。久々の再会だものね。
そんな感じであっという間に2時間が過ぎ、『明日はグラコロ食べるんだぞ!』なんていいながら目を輝かせていた。(島にはマクドナルドがないので)でも、明日は眼の抜糸らしく、痛いらしい。眼というか脳みそがガンガンするらしい。そうゆう大事なことは早く言えよ・・・オヤジ。亮子さんがついてくれていれば、安心だが。やっぱ。離婚して良かったなぁ〜と見ていてつくづく思う。
母は離婚してから、忙しくなった。子供たちを休日は旅行に連れてゆくことが増えた。母はなんだか優しさが増えて苦労も増えたと思う。今度は母に少しづつ、苦労した分を返す時なのかなぁと思う。親父にはオヤジでまだまだ、遊べる年頃なので、「一緒に大物釣りに行ったりしたいよなぁ」なんて言ったら、今日業務用の竿を5本買って来た!なんて。
そんな感じで1年ぶりの再会は、慌しく相変わらずだった。
それでいいんだろう。
小笠原には小笠原の亮子さんという母がいて、オヤジがいて、こっちには育ててくれた母がいる。母が二人にオヤジが一人っていうのも、いいものだと思う。
鎌倉でオヤジと亮子さんに『体だけは気をつけて』と別れを告げて帰宅の電車に乗り込んだ。秋の鎌倉の夜を後にして、そんなことを日記に、書いておかなきゃなと揺れる江ノ電の中、思いをまとめて思考を巡らせていた。
家に帰ると、母には何も言っていないのだが、多分、この時期になるとこっそり、オヤジが帰ってくるのを知っているんだろう。鎌倉に行ってきたという=親父と会ってきたということ。母は『パパと食事してきたの?』と聞いた。母にはなんでも筒抜けのようだ。母は、なんでもお見通しだ。
両親に3人に親孝行せねば、と思う秋の鎌倉の夜だった。【南瑠衣】





























