南 瑠衣@小笠原環境メッセンジャー[ルイいる?blog]
このblogは小笠原環境メッセンジャー@南 瑠衣が自分なりの視点で環境問題を伝える日記です。 清掃活動や環境イベントなどの様子を、随時報告します。
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2009年 01月 30日 (金)
新宿で一人ゴミ拾いをしていた男、荒川祐二君がなんと本を出版(地湧社)致しました!!荒川君の活動の原点や『なぜ、ゴミを拾うのか?』といった理由やこれまでの人生を綴っています。出版社の地湧社さんのお力と荒川君の行動力あっての一冊です。そんな本を記念して、出版パーティが開かれます。荒川祐二君、地湧社さん、関係者の皆様、本当におめでとうございます。【南瑠衣】

『半ケツとゴミ拾い出版記念ゴミ拾い&パーティー』を開催致します☆★
hanketu_arakawa
◆出版記念ゴミ拾い ※雨天中止。その際は当日連絡致します。
日時:1月31日 (土)
集合時間:16時
終了時間:17時
集合場所:新宿駅東口交番前
持ち物:軍手

◆出版記念パーティー
集合時間:18時
終了時間:20時
場所:赤坂陽光ホテル1階 『レストラン ブリランテ』
http://www.yokohotel.co.jp/access/index.html
(地下鉄 千代田線『赤坂駅』7番出口を出て、右に徒歩約5分。セブンイレブン横。)
予算:3000円
服装:半ケツ。嘘。自由。
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2009年 01月 28日 (水)
テーマ : 環境 - ジャンル : 福祉・ボランティア
【BEAMS「ビームスの嘘!!」~人気ブランドの光と影~】

よく、アパレルやファッション業界にはこんな裏話がある。
単価の安い中国製・ニット帽子(100円)に『ブランドのタグ』をつけるだけでその販売価格は(3000円)にもなる。つまり、商品価値が有名ブランド・タグで中国製品が30倍もの価格(付加)価値となる。それは、一応販売も経験したことがあったので知っていた。

ブランド・タグ1つで商品の価値は10倍以上になる。
それがブランドというものだ、と。

現在、若者を中心に人気のブランド「BEAMS」。
輸入品とオリジナル・セレクトショップの先駆けとして若者を中心に爆発的な人気を誇る。年商670億円(2008年2月決算時点)
その華やかなブランドの発展の裏には安価な価格で雇われる外国人労働者の存在がある。違法な低賃金労働で元の商品単価の安い服に「BEAMS」のロゴのタグを縫い付ける。

「ビームス」社の洋服を造っている愛媛県内の縫製工場では外国人労働者を違法な低賃金で労働させていたとして昨年、処分をうけた。
年末年始もなく、明け方まで過酷な労働を強いられる外国人労働者。
ファッション業界を支える裏側の実態だ。

ようは、単価の安い輸入品+低賃金な労働+「BEAMS」というタグを縫い付ける=生産コストを最小限に抑えた「BEAMS」のファッション・ブランドの誕生だ。確かに、中国の安い(ユニクロのような)服に「BEAMS」のブランド・タグが縫いつけられるだけで、商品付加価値は何十倍にもなる。そう考えるとうまい商売だなーと思う。

100円の服に「BEAMS」のタグつけて+低賃金・外国労働者を使って3000円で売れば利益30倍だものね。でも、日本人はブランドの魅力に弱いんですよね~。かくいう自分も(苦笑)【南瑠衣】
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◇働く者の受難、どこまで
東京・原宿などを中心に国内外に約95店舗を展開する人気ブティック「ビームス」(設楽洋社長、東京)の洋服を作っている愛媛県内の縫製工場が、外国人研修生・実習生として働いていた複数の中国人女性に違法な低賃金労働をさせていたとして昨年、処分を受けた。工場の経営者や帰国した研修生らに話を聞くと、年末年始もなく明け方まで過酷な労働を強いられる「平成の蟹工船」が、ファッション業界を支える実態が見えてきた。【後藤直義】

◇パンかじり、明け方までミシン
ビームス社は76年、東京・原宿で創業。輸入品と自社オリジナルの洋服を並べる「セレクトショップ」の先駆けで、同社ホームページによると、グループ2社の年商は計670億円(08年2月決算)。縫製工場の経営者によると、工場は00年ごろ、大阪市の業者を通して同社の洋服作りを委託された。しかし、慢性的な人手不足で、05年から外国人研修・実習制度を使い中国人女性9人を採用。少なくとも年間数千着を超えるという同社を含む、複数の若者向け人気ブランドの洋服作りを続けた。

アパレル業界では売れ筋の商品を「生もの」と呼び、1週間など短納期で商品を発注する。中国人女性について「正直、ベテランの日本人よりずっといい働きだった」と話す経営者も納期を守るため、繁忙期には彼女たちと一緒になって月200時間を超える残業をこなした。

「インスタントラーメンやパンを食べながら、明け方までミシンを掛けた」。任新艶さん(26)は中国・青島から05年10月に来日し、この工場で働いた。残業代は時給200~480円で、大みそかや正月も仕事に明け暮れた。既に帰国しているが、日本に滞在中の2年半で体重が10キロ減り、3回も入退院を繰り返した。
 
◇労基署勧告
工場経営者は昨年6月、八幡浜労基署から労基法違反(賃金未払い)に当たるとして、中国人女性ら9人に約800万円の未払い賃金を支払うよう勧告を受けた。その後、高松入管からも研修生らの受け入れ停止を命じられ、生産がストップ。現在も働き手のいない状況は続いており、経営者は「給料は安く、日本人の若者は来ない」と話す。

JITCO(国際研修協力機構)によると、国内では3万人以上の外国人研修生、実習生が婦人服や子ども服、紳士服の製造に従事(08年3月末時点)。入管が受け入れ企業の不正行為と認定した404件(07年)のうち、繊維・被服関係が全業種で最も多い170件を占める。こうした実態に詳しい愛媛県内の関係者は「地方の零細業者が研修生らを使って下支えする構造は一緒」と指摘する。

一方、ビームス社の金田英治・広報部長は、同社の洋服は中間業者や商社を通じて、四国地方の他、岡山、岐阜、新潟などの工場に委託していると説明。毎日新聞の取材を受けて処分の事実関係は確認したが、金田部長は「過酷な外国人労働があるとは知らなかった」と話している。

毎日新聞[2009年1月26日 大阪朝刊] ビームス:中国人研修生“蟹工船”愛媛のアパレル工場、人気ブランドの「影」 http://mainichi.jp/kansai/news/20090126ddn041020013000c.html
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2009年 01月 28日 (水)
【社会】『馬鹿と無能は死ね』~日雇い派遣制度から請負雇用へ~

有効求人倍率0.46倍。派遣の4人に3人は仕事に就けない。派遣と言う名の仕事の椅子とり合戦。そして、30日以下の短期派遣制度は原則、禁止となる。しかし、現場の声はリアルでシビアだった。

『今は、大体の企業が派遣制度の規制に対応して(法律の抜け穴ともいえる)請負に転換している』という。元派遣社員は『キャノンは全て、請負だった』と教えて頂いた。そもそも、請負の利点は残業代を払わなくて良いということ。予算が立てやすいこと、企業には請負の方が利点が多くあるそうだ。今の短期派遣制度見直しから請負へと変化しているそうだ。ほうほう、とリアルな現実の企業の話を聞く。

するとNHKでもこの問題についての特集:「リストラの果てに ~日雇いに流れ込む人々~なるものが放送されていた。30日間の短期派遣を原則禁止としても、31日の請負雇用契約を結び、1日出社で残り30日は仕事がもらえない(極論だが)という事態にもなりかねない。僕はまったく労働に関しての法律の専門知識など知らなかったが、話を聞くにつれて直接雇用と間接雇用では雲泥の差がある。

派遣会社は、30日以下の短期派遣制度の原則禁止を受けて、法律の抜け穴を探し出す。取材に応じてくれたUさんは『国会議員が、今の雇用問題について知らな過ぎるんだよ』と言う。取材してゆくと、4月から年度が替わるとさらに景気は悪化し求職者であふれる事態になると予想されている。なんというか、率直に、この国は『馬鹿と無能は死ね』という印象だ。

そんなわけで、派遣制度が原則禁止になると今度は(もう既にだが)請負という雇用形態に法の抜け道を見出したようだ。

2009年1月26日(月) 午後10時00分~10時49分
総合テレビ参照:http://www.nhk.or.jp/special/onair/090126.html
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2009年 01月 28日 (水)
お知り合いの方が立ち上げてやられている面白そうなスタジオです。
今度是非、横浜近辺の人は遊びに行ってあげてください。


1・急な坂スタジオは、舞台芸術を中心とした幅広い創造活動の場です。最大2ヶ月までの長期利用が可能な大小5つのスタジオとコミュニティ・ルームを用意し、皆様のご利用を受け付けています。(スタジオ利用や料金に関する詳細は、ご利用案内をご参照ください。) また、利用者の創造活動を刺激しバックアップするワークショップや、アトリエも随時開催。急な坂スタジオは稽古だけじゃない稽古場を目指しています。

2・急な坂スタジオは、「アーティストが明確な目標を持てる街、横浜」の実現を目指し、創り手たちの日々の創造活動を支えるためのあらゆる試みを展開します。特に、横浜を拠点に活動する4名のアーティスト、岡田利規(チェルフィッチュ)、仲田恭子(空間アート協会ひかり)、中野成樹(中野成樹+フランケンズ)、矢内原美邦(Nibroll)をレジデント・アーティストとして迎え共に作品を生み出していく一方、横浜を基点とした創造・発表のあり方を模索し、提案します。また、ドラマトゥルクや制作者、技術者といった、次世代の舞台芸術を担う人材も育成・集積し、横浜から世界へと羽ばたくバックアップを図ります。

3・急な坂スタジオは、舞台芸術を媒介とした人と情報のプラットフォームとして、ジャンルや世代を超えた交流と対話の場を生み出します。とくに、横浜市が推進する創造界隈形成事業(桜木町・野毛創造界隈)の一翼を担い、既存の地域資源と急な坂スタジオならではの人材や発想を大胆に活用し、行政・NPO・アーティスト・市民が協同するユニークな事業を提案、実現していきます。

参照:http://kyunasaka.jp/
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2009年 01月 24日 (土)
テーマ : 環境 - ジャンル : 福祉・ボランティア
六ヶ所村再処理工場で高レベル廃液漏れ…外部への影響なし

高レベルの放射性廃液が少なくとも約21リットルも漏れて、『外部への放射能漏れの影響がない』・・・訳ないだろって!!!あほか!!
放射能が漏れた事でなぜ、外部に影響がないのか。
活断層も見つかった今、六ヶ所再処理工場は本当に必要なのだろうか?六ヶ所再処理工場は、『あるだけでお金が生まれる』お金の成る木だ。
6kasyo2009026kasyo200901

もう、2006年から六ヶ所再処理工場の危険性は十分に指摘されてきた。
こうも放射能事故が多いと知らぬ間に汚染が拡大していてもわからないだろう。地元住民はどう感じているのだろうか。
これだけは、言いたい。
六ヶ所再処理工場から海に直接パイプで汚水を流す行為なんて許されない。大気汚染にしてもそうだ。放射能の危険性はもう十分わかっているハズだ。しかし、それに頼らなくてはいけないのも事実。今こそ、自然エネルギーへとシフトする転換期ではないか。【南瑠衣】
--------------
■六ヶ所村再処理工場で高レベル廃液漏れ…外部への影響なし
(読売新聞 - 01月23日 00:06)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=728525&media_id=20

日本原燃は22日、青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場施設内で、配管から高レベルの放射性廃液が少なくとも約21リットル漏れたと発表した。

外部への放射能漏れはないという
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【東奥日報】2009年1月22日(木)
ガラス固化再開遅れる見通し

日本原燃は二十二日、六ケ所再処理工場の高レベル廃液ガラス固化建屋で、配管から高レベル放射性廃液が漏れるトラブルがあった―と発表した。漏れた場所は、セル(コンクリートで密閉した部屋)内で、外部への放射能漏れなどはないという。原燃は約二十リットルの廃液を回収し、漏れた量に相当するかどうか確認している。二十一日午後に、配管を閉じている金具部分から廃液が滴っているのを発見。
遠隔操作で金具のボルトを締め直したところ、漏れは止まったという。原因調査のため、中断中のガラス固化体(高レベル放射性廃棄物)製造試験の再開は、さらに遅れる見通し。年度内のアクティブ試験終了(完工)も厳しい状況になってきた。トラブルを受け、国の原子力安全・保安院は二十二日、原燃に対し、三十日までに原因と再発防止策を報告するよう指示した。保安院核燃料サイクル規制課は「法令報告対象ではないが、高レベル廃液の漏えいは看過することができない」としている。
原燃によると、二十一日午後三時ごろ、セル内にある漏えい液受け皿の液位上昇を伝える警報が出たため、廃液を調べたところ、セシウム137で一ミリリットル当たり百六十億ベクレルという高い放射能濃度が出た。セル内を監視カメラで観察したところ、溶融炉へ高レベル廃液を送る二本の配管から、廃液が滴っているのが見つかった。廃液は、配管のすぐ下にあるトレー(幅十センチ、奥行き五十センチ、高さ二センチ)に一リットルほどみられたほか、七メートル下にある受け皿でも約二十リットル確認された。トレーからあふれた廃液が落ちたとみられる。

原燃は昨年十二月中旬、攪拌(かくはん)用の棒が曲がったトラブルによる炉内の損傷を調べるため、炉上部の「原料供給器」を取り外し、供給器につながる配管をフランジと呼ばれる金具で閉じていた。フランジはそれぞれ三本のボルトで締めているが、どちらも十分に締まっていなかった。一方、配管を閉じた際には、廃液が管に流れ込まないようにしていたという。
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2009年 01月 24日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
子供に1個のおもちゃを与えると
2個、3個と欲しがる

資本主義で人間の本性を肯定しても
みんながみんな、

この子供のように欲しがったら
本性の問題では済まなくなる

アメリカの洗脳にのっかって
おもちゃに囲まれた 
ゆとり世代は国から大きな負債を抱えてる

------「チェ・28歳の革命」より

僕が、28歳の時には何が出来るだろう?【南瑠衣】
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2009年 01月 24日 (土)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
女優と俳優。
どっちも憧れるご職業ですね。
そもそも、役者っていう奴がすげぇ。

まず、日常的に台本を覚えるなんていうのがありえない。 そして、何より「自分」ってものをしっかりと持っていないといけない。役者っていうのは時々、役になり過ぎて「自分がなに者なのか」わからなくなる瞬間があるそうだ。

役になりきっている時は自分であって、自分でない他人を演じているわけだが、どこまでが演じている自分であってどこまでが役者なのか、わからなくなるのだそうだ。変な言葉で言えば二重人格とか多重性人格障害じゃないかとか思ってしまう。 なので、「自分」ってものをしっかりと確立しておかなきゃいけないご職業なのだろう。『それでも役者をやりたいんですか?』なんていう僕の愚問に、彼女は「色々な人に成れるって、気持ちがいいし、素晴らしいよ」と答えてくれた。

そんな訳で、僕は水谷 豊という俳優を知らなかった。 『相棒』というドラマで売れているらしい。ドラマ『相棒』は全く見ていない。え、まだ人気あるの?ってくらい知らない。そして、そのドラマに女優の高樹沙耶さんも出ている。僕は全くアホで無知で知らなかった。

水谷豊は水谷豊で、本城さん役の人だと最近になって知ったのだ。

水谷 豊さん=本城さんだろ!!!と。
「刑事貴族(デカ貴族)2」~から、もうそのドラマに釘づけだった。当時、小学生で夕方に帰ってくると必ず「刑事貴族」の再放送がやっていて、本城さんのエンディングの走るシーンが大好きだった!!!もう、画面に釘づけだった。ドラゴンボールの再放送の次くらいに好きだった。そして、最近知った・・・そう、水谷 豊は本城さんだったのか!と。

それにあのエンディングの曲も好きだった。今でも覚えてるわ。
『空よ。』
空よ~空よ~見上げた数だけ思えば 強く強くひたむきに行くさ~♪
『もう涙はいらない』
もう~涙はいらない~僕がそばにいるからぁ~変わらないよ~君を守りたい~♪

全力で街を駆け抜ける本城さん。車を必死で追いかける本城さん。ドレススーツもなんのその!!
「本城!!!」「・・・了解!」「あ、ラッキーラッキーラッキー」「しゃべる前に考える癖つけなー」のあの名台詞の数々。はぁー。知らなかったわ!!だけど、本城さんは本城さんだろ!!!

で、その「刑事貴族」には高樹沙耶さんも紅一点でご出演されてたんですよおおおお!!!!えええええーー!!!!あの青木順子が高樹沙耶さんだったのーーー?僕、エロい目で見てました、・・・すいません。 はぁー、無知すぎだねーこりゃぁ。

でも、水谷豊は好きじゃない。「刑事貴族」の本城さんが好きなんですよ!沙耶さんも人魚みたいな人です。(いや、実際人魚なんだけどね)あああああ。俺の馬鹿馬鹿。つまり、本城さんは水谷豊だったって訳じゃないか!!!!好きだったなー「本城!!・・・了解っ」【南瑠衣】
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2009年 01月 23日 (金)
テーマ : 環境 - ジャンル : 福祉・ボランティア
海を愛する人たちへ

昨日と今朝の泡瀬干潟埋立関連報道が動画で見られます。 動画をアップしてくださったWebサイトの管理人さん(JAWAN,Yさん)によると、1月いっぱい公開予定、ということです。

皆さま、是非アクセスしてみてください。
公共事業という名のもとに、青い沖縄の海に土砂を流し込む映像がご覧頂けます。一体、法律とは何でしょう?司法の判断で沖縄の埋め立て工事は中断すべきだと司法判断が下されたにもかかわらず、この国は公共事業を推し進めようとしています。司法の判断が下されたのに、なぜ!!

そして、あえて言えばこの問題は沖縄だけの問題ではない。環境アセスメントを無視した公共事業の推し進め方は小笠原諸島における空港問題にも酷似する点がいくつもある。もう、すでに工事は始められ、沖縄の青い海と珊瑚は土砂に埋め立てられてゆく。そんなに公共工事に落とす、たかだか数百億という金が欲しいのか!?

もう、たくさんだ!!
自然は何百億積んだって、元には戻りはしないんだ!!!人間の馬鹿野朗!!
【南瑠衣】
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以下転載です。
◆映像◆「沖縄・泡瀬干潟埋め立て開始」
▼1月15日 NEWS23(TBS)約12分
http://www8.tok2.com/home2/sy/090115news23.wmv
(NEWS23の映像は見れないようです)
▼1月16日 スーパーモーニング(テレビ朝日)約14分
http://www8.tok2.com/home2/sy/090116supermorning.wmv
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2009年 01月 22日 (木)
テーマ : 環境 - ジャンル : 福祉・ボランティア
【小笠原諸島:欧米系人の子孫について】

僕は、小笠原諸島 欧米系 人種の6代目にあたる。
現在の小笠原諸島の人口約1500人のうち、欧米系は1割弱である。
父までの代(5代目)までは、小笠原の欧米系の歴史を語る人も多かったが、僕の世代にきて欧米系の血が薄れ、歴史すらも薄れてゆくのではないかと不安になる。

先祖:ナサニエル・セボレーから各、欧米系ウィルソン家・ウェブ家・ゴンザレス家・ゲレー家などに別れるが、元を辿ると全て欧米系は親戚関係にあり、その血のつながりは今も継がれている。
僕はといえば、セボレー・エミリー祖祖母とゲレー・グローバーの曽祖父を持つ。グローバーの兄弟で、ノーマンの家系にも分かれる。

つまり、セーボレー系の血筋も入っており、欧米系は皆、親戚であるようなものだ。初代:海賊であった、ウィリアム・ペン・ゲレーはイギリスのウィリアム家の血筋ではないかと想像される。当時、イギリスから無人島へとやってきて、子孫を残し、イギリスにて喧嘩で死んだというなんとも海賊らしく血沸き盛んなご先祖であったことだろう。

そんな海賊たちの残した子孫が現在、東京都の小笠原諸島父島におよそ100名ほどではあるが、残っており、すでに欧米系の歴史を知る人物は3代目~5代目までとなっている。しかし、島の中では悪漢:ロベじい(セボレー・アルバート)など当時の人物を語り継ぐ島だ。是非、海賊の生きた島へ機会があれば漫画:「ワンピース」の尾田栄一郎氏を案内したいと思う。【南瑠衣】
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2009年 01月 22日 (木)
【『何故、沖縄の豊かな海を埋め立てなくては』ならないのか?】
okinawa_umetate

沖縄の海が埋め立てられている。そして、青い海も、珊瑚も減ってゆく。この国はいったい、何をやっているのだろうか!!! そんなに、工事事業で金を落としたいのか。

『何故、沖縄の珊瑚の豊かな海を埋め立てなくては』ならないのか?
想像しても、みてください。青い海・沖縄を謳うのにその青い海に土砂をぶち流す。ダイバーや海人にとっては考えられないでしょう。
何故、珊瑚の豊かな沖縄の海を埋め立てなくてはいけないのか。まったく、国はふざけてる。工事は即刻、白紙撤回し中止すべきだ。専門家の意見は通らないのだろうか、それともお役人に金で買われて適当な専門家の意見を述べて工事を進めているのだろうか。

この国はまだまだ、おかしなところばかりだ。しかし、それに気がついていながらも僕らは何も出来ない。「僕ら」というのは、傍観者でしかないから。声をあげなくてはならない。おかしな事はおかしいと言うべきだ。それなのに、役人は都合の良いことばかりを言って最終的に海のことなんか考えちゃいない。上の顔みて、ゴマすって自分の地位と成績だけ気にしていれば一生安泰。

これ以上、役場の判断で自然や海が壊れてゆくのはごめんだ!!【南瑠衣】
参照:http://www.awase.net/
-------------
2009年1月15日、
ついにサンゴの生き埋めが始まってしまいました。
泡瀬の青く透きとおる美しい海に
どす黒いヘドロ状の汚泥が流し込まれる衝撃的映像の報道やブログを見て、ショックを受けたり、憤りを感じた方々から
「何かできる事はないか?」というメールや電話が
「泡瀬干潟を守る連絡会」に続々と来ていることはとてもありがたく、
その対応に追われているのは嬉しい悲鳴です。

しかし連絡会としては過去10年間に渡り、
工事事業者である沖縄市、沖縄県、内閣府に対し
環境の重要性、工事の問題点などを指摘し、
埋立の断念を訴え続けてきましたが
納得いく答えをもらえませんでした。
最終的には座り込みや裁判などことごとくやって来た上で
11/19には「公金支出差し止め」という判決まで出たのに
土砂の投入は強行されました。

今はこれ以上何ができるか、
また何をしたら止まるのか、
今後の対応に更なる検討を重ねているところです。

そこで、逆に私達が皆さんに相談したいのです。
今、すごい勢いで頂いている署名やメッセージを
目も通さないままただの「○通」と数えられたくないので
文字じゃなく声で、「温度のある思い」を直接伝えて下さる方は
または自分が納得行く答えを貰えるまで粘って頂ける方は
ぜひ事業者側の各担当者に聞いて下さいませんか。
どうして埋め立てるのか。
どうしたら止めてくれるのか。

私達とは違う目線からの意見なら
何か違う事が見えてくるかもしれない。
そして電話した方はぜひ、
どんな対応や回答だったか聞かせて頂きたいです。
または他に良いアイディアある方は
ぜひ私達にメールで教えてください。
何とか新しい道を探し出して
少しでも多くのサンゴや生き物達を救いたいのです。

以下、事業者側の各担当部署の電話番号をお知らせしますので御参照下さい。また、引き続き、署名も募集しています。
今後とも、ご理解、ご支援のほど、よろしくお願い致します。
泡瀬干潟を守る連絡会と有志一同

■事業者側の担当連絡先■
◆沖縄市 東門美津子市長
担当窓口:東部海浜開発局
〒904-8501 沖縄県沖縄市仲宗根町26番1号
TEL 098-939-1212(代表)
<代表番号から「東部海浜開発局」を呼び出す>
web:市長宛メッセージは
沖縄市役所のご意見・ご要望書窓口から
秘書・広報課の書き込みフォームを選んでご投稿ください。
http://www.city.okinawa.okinawa.jp/site/htdocs/qa_top/q_top01.html
東部海浜開発局への意見・要望は、以下の窓口から
東部海浜開発局の書き込みフォームを選んでご投稿ください。
http://www.city.okinawa.okinawa.jp/site/htdocs/qa_top/q_top06.html
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2009年 01月 21日 (水)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
第44代大統領、初のアフリカ系(黒人)大統領

オバマ氏の大統領就任式(中継)を見ていました。小浜市はどんな状態なんでしょうか、気になるところです。オバマ氏のおかげで夜更かしもいいとこ、眠さと戦いながら歴史の変わる瞬間を見ていました。

15日はキング牧師1929-2009で生誕80周年記念日でもあった。
【I Have A Dream(私には夢がある)】
『わが友よ。われわれは今日も明日も困難に直面しているが、それでも私には夢があるといいたい』


そして、2009年。
200万人が集まってアメリカ新大統領のスピーチに耳を傾ける。すごいことだ。日本で麻生総理のスピーチに200万人もの観衆が集まり、期待に胸を膨らますでしょうか?

“世界は変わるかもしれない”
第44代大統領、初のアフリカ系(黒人)大統領。
“世界は変わるかもしれない”と感じさせてくれた。
アメリカ国歌が黒人歌手によって歌われ、47歳の若き大統領の演説は力強く、誠実で、希望と勇気が湧く演説だった。そして彼の目は本気だ。
本音でアメリカを語っていると感じられた。米国の信頼の回復、国民ひとりひとりに自覚を求め、世界との協調を訴え団結を求めた。 大統領はまた、「米国再生の仕事に着手しよう」とも述べ核の脅威削減や地球温暖化対策にも取り組む考えを示した。

本当に、素晴らしい演説でした。僕には、あれは無理です。
“世界は本当に変わるかもしれない”そう期待します。

オバマ氏のせいで、こんなにも夜更かしをしてしまった。眠い。
狭間カンペーさんが、アメリカに到着したら『アーメマ!!オーバマ!!』ってやって欲しい。
もしくはエガちゃんが、パレードに乱入して「おい、オバマ!!おまえっ!大統領なんだって?・・・すげぇじゃねぇかよっ!!!カッペむかつく!」ってやって欲しいわ。「おまえ、黒人初とかいうけどよ、俺は黒タイツで初だったよ・・・」なんて言って。それで、レポーターに「どこの国の方ですか?」って聞かれて「ふらんすのてれびぃ~ふらんすのてれびぃ~」ってクネクネ・パレードして欲しいわ。

最後に。
『わが友よ。われわれは今日も明日も困難に直面しているが、それでも私には夢があるといいたい。海賊王に俺は成る!!』【南瑠衣】
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2009年 01月 20日 (火)
【ゴミ拾い】荒川くんの本が出版されました
hanketu_arakawa

「編集者の力」と「作家の感性」が本という作品。
そういえば、編集部には本当にお世話になっているなぁと思う。
編集者・石原正康氏はすげぇわ。

本って、作家と編集者が二人三脚で創るものだ。
そんなわけで、地湧社:増田さんと著者:荒川くんの本が出来た。
ゴミ袋のついている本らしい。1冊の本を創るだけでも、もの凄い労力と、編集者の力、作家の作品の組み合わせ、色々と本当に大変だと思った。けど、実現して本になった。

ゴミ拾いをしたことがある人や、富士山53HEROで荒川君に会った人や53の日に全国同時ゴミ拾いをした人にオススメです。 本当に良かった。あとは売るだけだ!!【南瑠衣】
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(荒川祐二君の日記)
◆執筆過程:http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1016492632&owner_id=2190036
◆製本過程:http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1020990614&owner_id=2190036
-------------
P236 \1470
著者:荒川祐二
制作:地湧社
発行者:増田正雄
装丁デザイン:岡本健+
編集協力:田川香絵

★☆世界初のゴミ袋の付いた本☆★
hanketu_arakawa

※12月20日、全国の書店にて発売☆★(多少の前後有り)
※売り切れの場合は各書店にご注文下さい☆★
Amazonやインターネットでも取扱い予定!!
●地湧社:http://www.jiyusha.co.jp/mokrok/books/201-1.html
●書籍情報:『半ケツとゴミ拾い』 (荒川祐二著)
地湧社(ぢゆうしゃ)/2008年12月
●荒川祐二オフィシャルウェブサイト&ブログ
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2009年 01月 20日 (火)
【私には夢がある、歴史の実現の時が今】

黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説してから45年。米民主党のバラク・オバマ氏が20日、米国初の黒人大統領になることが決まったスピーチを世界は今か今かと待ちわびている。歴史の新たなる瞬間。同じ世界の時代のうねり。歴史の塗り変わる瞬間を目の当たりにするときがやってきた。【南瑠衣】

*以下は、オバマ次期米大統領の勝利演説・全文翻訳
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シカゴのみなさん、こんばんは。

アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていた。人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。

老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の寄せ集めだったこともないと。私たちは今も、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)なのです。

私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。

ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日と言うこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。

先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきた。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。

私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。

これまでのこの旅路を共にしてくれたパートナーに感謝したい。彼は心を尽くして戦い、(ペンシルベニア州)スクラントンの街で一緒に育った人たちのために語ってきた。デラウェアの自宅に電車で帰る際、一緒に乗り合わせる人たちのために戦ってきた。アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、私は感謝したい。

そしてこの国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。

サーシャとマリーア。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束した通り、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。

祖母はもうこの世にはいませんが、いま見守ってくれているはずです。私という人間を作り上げてくれたほかの家族と一緒に、祖母は見守ってくれています。今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。それは少し寂しい。両親や祖父母が私に与えてくれたものは、あまりに計り知れない。妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。これまで支えてくれて本当にありがとう。みんなに感謝します。

選対責任者のデビッド・プラフに。この選挙戦の縁の下の英雄。アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を設計したデビッド・プラフに、感謝したい。

そして戦略責任者のデビッド・アクセルロッドに。最初からいついかなるときもずっと一緒に歩いてくれた彼に、感謝したい。

このために集められた、政治史上最高のチームに。この結果はみなさんのおかげです。この結果を生み出すために、みなさんはたくさんのことを犠牲にしてきた。私はみなさんにいつまでも感謝し続けます。

けれどもほかの何を差し置いても、今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、私は決して忘れません。この勝利は、みなさんのものです。みなさんのものなのです。

大統領の職を目指した人たちの中で、私は常に決して有力候補ではなかった。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではない。この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まった。(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まった。(サウスカロライナ州)チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。

若者は無気力だという神話を拒絶した若者たちが、給料の少ない、そして睡眠時間のもっと少ない仕事に自分を捧げるため、家と家族から離れて参加してくれた。だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。

あるいはそれほど若くない人たちから。凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた人たちから力を得ました。ボランティアとなって組織を作って活動した、何百万人というアメリカ人から力を得ました。建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。

これはみなさんの勝利です。

それに、みなさんがこの選挙に参加したのは、ただ勝つためではないと分かっています。ただ私のために参加したわけでもないことも、分かっています。今晩みんなでこうやって祝いながらも、私たちは承知しているからです。明日から私たちは、この時代最大の課題に、次々と取り組まなくてはならない。ふたつの戦争。危機にさらされる惑星。100年来で最悪の金融危機。

今夜ここにこうして立つ今も、私たちは知っています。イラクの砂漠でいま目覚めようとする勇敢なアメリカ人たちがいることを。アフガニスタンの山岳で目覚めるアメリカ人たちがいることを。彼らが、私たちのために命を危険をさらしていることを。

子供たちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れずに途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを。

私たちは、新しいエネルギーを活用しなくてはならない。新しい仕事を創り出さなくてはならない。新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、同盟関係を修復しなくてはならない。

私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急です。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれない。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれない。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。

みなさんに約束します。私たちは、ひとつの国民として、必ずたどり着きます。

これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。

けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきた。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。

21カ月前、真冬の最中に始まったものを、この秋の夜に終らせるわけにはいかない。私たちが求めていた変化は、ただこの勝利だけではありません。この勝利はただ、求めていた変化を実現させるための、そのチャンスを得たに過ぎないのです。そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、変化の実現などあり得ない。

みなさんなしでは、変化は実現しない。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たち一人ひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。

今回の金融危機から得たほかでもない教訓というのは、メーン・ストリート(普通の町の中央通り)が苦しんでいるのにウォール・ストリートだけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということ。それを忘れずにいましょう。

この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。

共和党の旗を掲げて初めてホワイトハウス入りしたのは、この州の人でした。そのことを思い出しましょう。共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するものです。そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。

かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれないが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。

そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです

この国から遠く離れたところで今夜を見つめているみなさん。外国の議会や宮殿で見ているみなさん、忘れ去られた世界の片隅でひとつのラジオの周りに身を寄せ合っているみなさん、私たちの物語はそれぞれ異なります。けれども私たちはみな、ひとつの運命を共有しているのです。アメリカのリーダーシップはもうすぐ、新たな夜明けを迎えます。

この世界を破壊しようとする者たちに告げる。われわれはお前たちを打ち破る。

平和と安全を求める人たちにお伝えします。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、もてる武器の威力からくるのでもなく、もてる富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想がおのずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。

それこそが、アメリカと言う国の素晴らしさです。アメリカは変われるという、まさにそれこそが。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができる。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。

今回の選挙には色々な「史上初」があり、これから何世代にもわたって語り継がれるいろいろな物語がありました。けれども私が今夜なによりも思い出すのは、アトランタで投票したひとりの女性の物語です。彼女はほかの何百万という人たちと同様に、この選挙に自分の声を反映させようと行列に並びました。ただ1つだけ、ほかの人と違うことがあります。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。

奴隷制が終ってから一世代後に、彼女は生まれました。道路を走る自動車もなければ、空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。その時代、彼女のような人はふたつの理由から投票できなかった。女性だから。そして皮膚の色ゆえに。

さらに私は今晩、アメリカで生きた100年以上の間にクーパーさんが目にした、ありとあらゆる出来事を思っています。心を破られるほどの悲しみ、そして希望。困難と、そして進歩。そんなことはできないと言われ続けたこと。にもかかわらず、ひたむきに前進し続けた人たちのこと。あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。Yes we can。私たちにはできる、と。

女性は沈黙させられ、女性の希望は否定されていた時代にあって、クーパーさんは生き続け、女性が立ち上がり、声を上げ、そしてついに投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。Yes we can。私たちにはできるのです。

アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、大恐慌が国を覆ったとき、クーパーさんは「新しい契約(ニュー・ディール)」と新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、国全体が恐怖そのものを克服する様を目撃しました。Yes we can。私たちにはできるのです。

この国の湾に爆弾が落下し、独裁が世界を支配しようとしたとき、時の国民が立ち上がり、偉業を達成し、そして民主主義を救うのをクーパーさんは見ていました。Yes we can。私たちにはできるのです。

クーパーさんは(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの水でもって黒人を抑圧するのを知り、(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を知り、そしてアトランタからやってきた牧師と時代を共有しました。アトランタからやってきたその牧師は人々に「We shall overcome(私たちは克服する)」と語った。Yes we can。私たちにはできるのです。

人が月面に着陸し、ベルリンでは壁が崩壊し、われわれの科学と想像力によって世界はつながりました。

そして今年、この選挙で、彼女は指でスクリーンに触れ、そして投票したのです。なぜならアメリカで106年生きてきて、幸せな時代も暗い暗い時代もこのアメリカでずっと生きてきて、クーパーさんは知っているからです。このアメリカと言う国が、どれほど変われる国なのか。

Yes we can。

アメリカよ、私たちはこんなにも遠くまで歩んできました。こんなにもたくさんのことを見てきました。しかしまだまだ、やらなくてはならないことはたくさんあります。だから今夜この夜、改めて自分に問いかけましょう。もしも自分の子供たちが次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。もしも私の娘たちが幸運にも、アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい長く生きられたとしたら。娘たちは何を見るのでしょう? 私たちはそれまでにどれだけ進歩できるのでしょうか?

その問いかけに答えるチャンスを今、私たちは手にしました。今この時こそが、私たちの瞬間です。

今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。

Yes we can。

ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。
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2009年 01月 20日 (火)
【私には夢がある、歴史の実現の時が今】

黒人指導者マーティン・ルーサー・キング牧師が「私には夢がある」と演説してから45年。米民主党のバラク・オバマ氏が20日、米国初の黒人大統領になることが決まったスピーチを世界は今か今かと待ちわびている。歴史の新たなる瞬間。同じ世界の時代のうねり。歴史の塗り変わる瞬間を目の当たりにするときがやってきた。【南瑠衣】

*以下は、オバマ次期米大統領の勝利演説・全文翻訳
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Hello, Chicago!

If there is anyone out there who still doubts that America is a place where all things are possible, who still wonders if the dream of our Founders is alive in our time, who still questions the power of our democracy, tonight is your answer.

It's the answer told by lines that stretched around schools and churches, in numbers this nation has never seen. By people who waited three hours and four hours, many for the first time in their lives, because they believed that this time must be different, that their voices could be that difference.

It's the answer spoken by young and old, rich and poor, Democrat and Republican, black, white, Hispanic, Asian, Native American, gay, straight, disabled and not disabled. Americans who sent a message to the world that we have never been just a collection of individuals or a collection of red states and blue states. We are, and always will be, the United States of America.

It's the answer that led those who've been told for so long, by so many, to be cynical and fearful and doubtful about what we can achieve, to put their hands on the arc of history and bend it once more toward the hope of a better day.

It's been a long time coming; but tonight, because of what we did on this day, in this election, at this defining moment, change has come to America.

A little bit earlier this evening, I received an extraordinarily gracious call from Senator McCain. Senator McCain fought long and hard in this campaign. And he's fought even longer and harder for the country that he loves. He has endured sacrifices for America that most of us cannot begin to imagine. We are better off for the service rendered by this brave and selfless leader.

I congratulate him, I congratulate Governor Palin for all that they've achieved. And I look forward to working with them to renew this nation's promise in the months ahead.

I want to thank my partner in this journey, a man who campaigned from his heart, and spoke for the men and women he grew up with on the streets of Scranton, and rode with on the train home to Delaware, the vice president-elect of the United States, Joe Biden.

And I would not be standing here tonight without the unyielding support of my best friend for the last 16 years, the rock of our family, the love of my life, the nation's next First Lady, Michelle Obama.

Sasha and Malia! I love you both more than you can imagine. And you have earned the new puppy that's coming with us to the White House.

And while she's no longer with us, I know my grandmother's watching, along with the family that made me who I am. I miss them tonight. I know that my debt to them is beyond measure. To my sister Maya, my sister Alma, all my other brothers and sisters, thank you so much for all the support that you've given me. I'm grateful to them.

To my campaign manager, David Plouffe! The unsung hero of this campaign, who built the best, the best political campaign, I think, in the history of the United States of America.

To my chief strategist, David Axelrod, who's been a partner with me every step of the way.

To the best campaign team ever assembled in the history of politics! You made this happen, and I am forever grateful for what you've sacrificed to get it done.

But above all, I will never forget who this victory truly belongs to. It belongs to you. It belongs to you.

I was never the likeliest candidate for this office. We didn't start with much money or many endorsements. Our campaign was not hatched in the halls of Washington. It began in the backyards of Des Moines, and the living rooms of Concord, and the front porches of Charleston. It was built by working men and women who dug into what little savings they had to give $5 and $10 and $20 to the cause.

It drew strength from the young people who rejected the myth of their generation's apathy, who left their homes and their families for jobs that offered little pay and less sleep.

It drew strength from the not-so-young people who braved the bitter cold and scorching heat to knock on doors of perfect strangers, and from the millions of Americans who volunteered and organized and proved that more than two centuries later, a government of the people, by the people, and for the people has not perished from this Earth.

This is your victory.

And I know you didn't do this just to win an election. And I know you didn't do it for me. You did it because you understand the enormity of the task that lies ahead. For even as we celebrate tonight, we know the challenges that tomorrow will bring are the greatest of our lifetime: two wars, a planet in peril, the worst financial crisis in a century.

Even as we stand here tonight, we know there are brave Americans waking up in the deserts of Iraq and the mountains of Afghanistan, to risk their lives for us.

There are mothers and fathers who will lie awake after the children fall asleep and wonder how they'll make the mortgage, or pay their doctor's bills, or save enough for their child's college education.

There's new energy to harness, new jobs to be created, new schools to build, and threats to meet, alliances to repair.

The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even in one term. But, America, I have never been more hopeful than I am tonight that we WILL get there.

I promise you, we as a people will get there.

There will be setbacks and false starts. There are many who won't agree with every decision or policy I make as president. And we know the government can't solve every problem.

But I will always be honest with you about the challenges we face. I will listen to you, especially when we disagree. And above all, I will ask you to join in the work of remaking this nation, the only way it's been done in America for 221 years; block by block, brick by brick, calloused hand by calloused hand.

What began 21 months ago in the depths of winter cannot end on this autumn night. This victory alone is not the change we seek. It is only the chance for us to make that change. And that cannot happen if we go back to the way things were. It can't happen without you, without a new spirit of service, a new spirit of sacrifice. So let us summon a new spirit of patriotism, of responsibility, where each of us resolves to pitch in and work harder and look after not only ourselves but each other.

Let us remember that if this financial crisis taught us anything, it's that we cannot have a thriving Wall Street while Main Street suffers.

In this country, we rise or fall as one nation, as one people. Let's resist the temptation to fall back on the same partisanship and pettiness and immaturity that has poisoned our politics for so long.

Let's remember that it was a man from this state who first carried the banner of the Republican Party to the White House, a party founded on the values of self-reliance and individual liberty and national unity. Those are values that we all share. And while the Democratic Party has won a great victory tonight, we do so with a measure of humility and determination to heal the divides that have held back our progress.

As Lincoln said to a nation far more divided than ours, we are not enemies but friends. Though passion may have strained, it must not break our bonds of affection.

And to those Americans whose support I have yet to earn, I may not have won your vote tonight, but I hear your voices. I need your help. And I will be your president, too.

And all those watching tonight from beyond our shores, from parliaments and palaces, to those who are huddled around radios in the forgotten corners of the world, our stories are singular, but our destiny is shared; and a new dawn of American leadership is at hand.

To those who would tear the world down. We will defeat you.


To those who seek peace and security. We support you. And to all those who have wondered if America's beacon still burns as bright, tonight we proved once more that the true strength of our nation comes not from the might of our arms or the scale of our wealth, but from the enduring power of our ideals: democracy, liberty, opportunity and unyielding hope.

That's the true genius of America; that America can change. Our Union can be perfected. What we've already achieved gives us hope for what we can and must achieve tomorrow.

This election had many firsts and many stories that will be told for generations. But one that's on my mind tonight is about a woman who cast her ballot in Atlanta. She's a lot like the millions of others who stood in line to make their voice heard in this election, except for one thing: Ann Nixon Cooper is 106 years old.

She was born just a generation past slavery. A time when there were no cars on the road or planes in the sky, when someone like her couldn't vote for two reasons: because she was a woman, and because of the color of her skin.

And tonight, I think about all that she's seen throughout her century in America. The heartache and the hope, the struggle and the progress. The times we were told that we can't, and the people who pressed on with that American creed: Yes, we can.

At a time when women's voices were silenced and their hopes dismissed, she lived to see them stand up and speak out and reach for the ballot. Yes, we can.

When there was despair in the dust bowl and depression across the land, she saw a nation conquer fear itself with a New Deal, new jobs, a new sense of common purpose. Yes, we can.

When the bombs fell on our harbor and tyranny threatened the world, she was there to witness a generation rise to greatness, and a democracy was saved. Yes, we can.

She was there for the buses in Montgomery, the hoses in Birmingham, a bridge in Selma, and a preacher from Atlanta who told a people that "We Shall Overcome." Yes, we can.

A man touched down on the moon. A wall came down in Berlin. A world was connected by our own science and imagination.

And this year, in this election, she touched her finger to a screen, and cast her vote; because after 106 years in America, through the best of times and the darkest of hours, she knows how America can change.

Yes, we can.

America, we have come so far. We have seen so much. But there is so much more to do. So tonight, let us ask ourselves, if our children should live to see the next century, if my daughters should be so lucky to live as long as Ann Nixon Cooper, what change will they see? What progress will we have made?

This is our chance to answer that call. This is our moment. This is our time, to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American dream and reaffirm that fundamental truth, that out of many, we are one; that while we breathe, we hope. And where we are met with cynicism and doubt and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people: Yes, we can.

Thank you. God bless you. And may God bless the United States of America.
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2009年 01月 20日 (火)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
久しぶりにLive"sの501XXを履いた。最近じゃ、スキニーフィットなんて形が流行っているらしく、かくいう自分も最近じゃスキニージーンズLOVEだった。しかし、久しぶりにLive"sの501XXを履いてみるとやはり、そのシルエットたるや最強の太さ。いや、太さでいえば504が一番太く504はゆったりしていて、また味がある。しかし、やはりジーンズはLive"sの501XXだと再認識をした。

EDWINの503もなかなか気に入っている。中でもボタンが純シルバーで出来ている奴がお気に入りなのだが、505SはEDWINの中ではたまらない。Live"sの501XXがスタンダードだとすれば、EDWINには「変わり者」が多い。しかし、自分はどちらかといえばその「変わり者」が好きで「変わり者」のEDWINの方が多いんじゃないかと思うくらいだ。特に、EDWINの変わり者は「立体裁断」が多い。サリエルジーンズなんかは、ものすごく「楽な」ジーンズだ。それらはE-"sファンクションと呼ばれていて、須藤元気が宣伝していたAIR-D5なんて、未だにSサイズが欲しいくらいだ。Live"sのレッドループも愛用してますが、EDWINのBLUE TRIPも捨てがたい。Live"sの501XX以外だと517のブーツカット。サドルマンだ。

最近では、ヒゲやアタリを故意につけて味をだそうとする既存品がある。クラッシュ・デニムについては個人的に良いと思うが、Live"sのジーンズにクラッシュが入ってしまった新商品を見ると、Live"sの良さが少し薄れてしまった。(だが、時代のニーズだろう)
基本、ジップフライだが、気分でボタンフライを履いている。というか、Live"sの501XXは大体がボタンフライだ。 最近では、ユニクロのジーンズも馬鹿に出来ない。色落ち具合や、そのクオリティ、シルエットの良さはかなりのものだ。

アメリカの炭鉱労働者の作業着が、今や世界のボトムスともなっている。そんな訳で、家にはジーンズだけで100本以上ある。日々の気分でジーンズを履くのだが、そのジーンズ1本1本違った気分転換になれる。 久々にやっぱりLive"sの501XXだなと再認識しました。
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2009年 01月 17日 (土)
*転送歓迎です*
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皆様

【緊急デモ~銀座でガザ反戦デモ・アピール~】 
18日(日)に二つのアクションがありますので、お知らせ致します。

*【ガザからの即時撤兵を求める緊急街頭アピール行動】  
日時:18日(日)3時30分から5時まで
場所:銀座マリオン前  
主催:劣化ウラン兵器禁止ネットワーク
 
*その前2時からは、同じく銀座で、六ケ所再処理工場反対デモがあります。
*【STOP再処理 LOVE六ヶ所1・18 銀座デモ】
日時:2009年1月18日(日)
集合:午後1:45 出発:2:00
集合:銀座・水谷橋公園
東京都中央区銀座1-12-6
最寄り駅:銀座線「京橋」、有楽町線「銀座一丁目」
(銀座の数寄屋橋交差点を経て、日比谷公園で解散予定)

ご参加を宜しくお願い致します。
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
嬉しい受賞のニュース2つ
・リリー・フランキーさんブルーリボン賞受賞おめでとうございます。
・直木賞、天童荒太さん「悼む人」受賞おめでとうございます。
(予想が的中したので嬉しいw)

第140回芥川賞、直木賞、芥川賞は津村記久子さんのスライムでしたね。スライムと、山本兼一さんの「利休にたずねよ」(PHP研究所)の2作は暇な時に読んでみようと思います。

というか、天童荒太さんやっと受賞って感じですね。「永遠の仔」だろ!!っていうね。「包帯クラブ」だろ!!っていうね。個人的に全体の世界観が好きです。「命」をテーマにした作品が多いですよね。
新人・・・というにはちょっと複雑でしょうが。おめでとうございます。【南瑠衣】
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
運勢:自分の名前の運勢を占ってみては?
「南瑠衣」さんの名前占い
http://www.namaeuranai.com/seimei-_93_EC-_97_DA_88_DF_0D_0A.html

総合 △ 29:見栄っ張りな性格が損を招くことが多いです。謙虚に地道にいきましょう
祖先運 ▲ 9:孤独になりがちなあなた。本当は寂しがりやさんです
個性 ▲ 20:思わぬところにつまづき、孤独に苛まれることになりがちです
社会性 ○ 23:元気なパワーに満ちあふれて、向かうところ敵なしです
環境運 ○ 15:努力すればどんどん伸びてゆくことができます

・・・・だそうです。まぁ、当ってるかな?
ちなみに、「杉原有音」とか「小島よしお」とかの名前の運勢を見てみるのも面白いです。自分の子供の名前なんかも考えると運勢がわかるので、面白いです。
ちなみに、僕の子だと「瑠璃香」(るりか)「愛海瑠」(あみる)「愛衣瑠」(あいる)が運勢最強の名前だそうです(笑)

総合運:46 という強運ですww
参考までに、ご自分の名前を入力してみてはいかがですか?【南瑠衣】
参照:http://www.namaeuranai.com/
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
近ごろ「論」が浅くなっていると思いませんか。

その良し悪し、是非、正しいか違っているかを問う前に。

ひとつの「論」の専制が起きる時、

失なわれるのは自由の気風。

そうならないために、もっと「論」を愉しみませんか。

2008年夏 筑紫哲也
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2009年 01月 17日 (土)
「ニュース23」3月で放送終了に

筑紫哲也氏でもっていたようなもので、改めて筑紫哲也氏の存在感の大きさを感じた。このニュースを知ったのは昨年11月。 ちくしょう!!と思った。やはり、筑紫哲也さんのような存在のジャーナリストがいなくては成り立たないのだろうか。

最近、ちくしょう!!と思うことの多いこと。
そして、幸せを感じる時間も多いこと。
しかしながら、残念でならない。残念だ。もう民法は死んだに等しい。
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TBSは3日、先月亡くなった筑紫哲也さんが昨年までキャスターだった報道番組「ニュース23」を、来年3月で終了させると発表した。代わって4月からは月~金曜の午後6時から2時間枠の大型報道番組を始める。新しい報道番組のキャストや詳細は未定だが、民放がゴールデンタイム(午後7~10時)にかかる報道番組をレギュラーで2時間放送するのは初という。
 「筑紫哲也ニュース23」は89年に始まり、テレビ朝日の「ニュースステーション」と並んで民放を代表する報道番組だった。筑紫さんが降板後の今春に番組名を「ニュース23」とし、元共同通信編集局長の後藤謙次キャスターが後を継いでいた。
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
反戦ロックはこう叫ぶ『いやだ!!戦争だけはごめんだーっ』

“1枚の写真”が国家を動かすこともある。
僕は、この手法を外圧をかけて解決を図らなくては成らないと表現します。DAYS JAPAN ブログで、 ガザの現実の写真が紹介されています。写真は事実であり、現実に今世界で起こっていることでありますが、あまりメディアには紹介されていないというのが現状です。

つまり、『メディアを疑え』といった視点を持っておくべきであると私は思います。ジャーナリストとは、いかなるものか?という問いに故・筑紫哲也氏はこう言いました。“ウッチ・ドッグ、つまり政府や国家・権力、メディアに対して監視の目を光らせる役目だ”と。

私の好きな漫画でたとえると手塚治虫先生は様々な戦争に対するメッセージを残してきました。そして、はっきりとこう残しています。

【これだけは断じて 殺されても翻せない(ひるがえせない)主義がある それは戦争は御免だということだ--手塚治虫】

作品の中で、反戦ロックはこう叫ぶ。これは手塚先生自身の叫びでもあるのだろう。

『いやだ!!戦争だけはごめんだーっ
いくらハレルヤの命令でも…
こ… これだけは… これだけは!!』
--ロック(手塚治虫:「火の鳥」未来編)


戦争の理由は様々な理由がありますが、兵器による虐殺は悲しみを生み世界に暗い影を落とします。ジョン・レノンも言いました。“もう戦争なんてやめようよ。愛しあおうよ”
そう言ったジョンの言葉も虚しく、未だに戦争によって命を落とし死んでゆく者がいる2009年。オノ・ヨーコ氏は、僕のインタビューにこう答えました“念じ続けることです、念力よ念力。念力で世界を変えましょう”

世界の社会が「戦争産業」で儲かるように出来ていれば戦争は続くけど、平和産業を大きくしていって「平和であればお金が生まれる社会」になってゆけば戦争はなくなるはずだとメッセージを発信しています。

*以下の写真は戦争の被害に遭った子供たちや一般市民たちの痛々しい写真です。見て、気分を害される方もいると思いますので各々方のご判断でジャーナリストの伝える戦争の今の写真をご覧下さい。
ガザの写真
http://www.elfarra.org/gallery/gaza.htm
ブログ「DAYSから視る日々」
http://daysjapanblog.seesaa.net/
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
SUGIZO氏とシルバーアクセサリーブランド「アルテミスクラシック」のコラボレートモデル。
http://www.rakuten.co.jp/dreamers/588286/887179/
僕も1999年から愛用してますが、作風変わりましたね・・・。以前の優しいアールヌーボー的なデザインが個人的に好きでした。
初回はSUGIZOさん直筆のサインつきです。

そしてもう1つ。
「ECTON x SUGIZO」
2009年03月25日発売決定!

ECTON(チャネル:リチャード・ラビン) (著), SUGIZO (著), 並木由紀 (編集), チャンパック(飛世真人) (翻訳) 出版社: ヴォイス

リチャードさんはチャネリング歴28年、ヴォイスでワークショップを始めてから21年目という超ベテランのチャネル。そんなリチャードさんですら初めて体験するような、深く鋭い切り口の質問を、名カウンセラーのエクトンに次々と投げかけてくれたのは、アーティストとして、スピリチュアル・アクティヴィストとして世界規模の活躍を繰り広げるSUGIZOさん。SUGIZOさんは自身が抱えるプライベートな悩みから多くの人に伝えたいと考えている社会的な問題まで、エクトンととことん語り合いました。エクトンが導き出してくれるのは、私たち誰にでもいますぐ役立つ答え。読むだけで癒される、超一級のセラピーがつまった素敵な本になりました。

SUGIZOさんとリチャードさんの特別対談(Webで読めます)。
出版記念トークライヴ&サイン会 2009年3月27日

絶賛校正中……だそうです。
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : つぶやき - ジャンル : 福祉・ボランティア
「てめー!!ばかやろー!!このやろ!!」とブチ切れる高須基仁さん。
http://plaza.rakuten.co.jp/takasumotoji/
最近、よく気になります。僕が個人的に好きな方です。
ああ。やっぱ筑紫哲也さんのお別れ会行けばよかったな。
いや、筑紫さんにあわす顔がないので止めたんだった。
元木編集長も元気そうな様子ですね。 高須さん、いいわーw
この前の渋谷のケンカ・マッチも高須さんの引き金だったのね。
最近、ロフトにもいってないな。 ああwいいわー 笑
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2009年 01月 17日 (土)
読む政治:官邸動かした派遣村

今月2日夜、厚生労働省は東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった失業者向けに異例の講堂開放に踏み切った。失職と同時に人間の生存基盤までも脅かす経済危機の深刻さが、具体的な姿となって都心に表れ、与野党の議員と政府を突き動かした。
 派遣村の湯浅誠村長(39)=NPO「自立生活サポートセンターもやい」事務局長=は焦っていた。入村者の数が予想を上回り、用意したテントからあふれ始めたからだ。 2日朝、隣接する厚労省に出向き、ロビーの使用許可などを文書で求めたが、正月休みで応対できる職員がいなかった。湯浅氏の電話作戦が始まった。
 副厚労相の大村秀章氏は、地元・愛知県での新年会回りを終えた午後1時ごろに電話を受けた。「100人以上オーバーしています。夜は気温が下がるので何とかしてほしい」。2人は年末にテレビの討論番組で同席し、互いの連絡先を教え合っていた。

「分かった。今から東京に行く」と大村氏は新幹線に乗った。

 民主党の菅直人代表代行は、同党の山井和則衆院議員経由で要請を受けた。京都にいた山井氏は「今晩にはテントが足りなくなる」と湯浅氏から聞き、党緊急雇用対策本部長の菅氏につないだ。
 菅氏は舛添要一厚労相に電話で「今晩が問題なので早く動いた方がいい」と伝えると、午後1時半に東京・吉祥寺の自宅を出て日比谷に向かった。車中で首相官邸を動かす必要があると考え、定期的に会談している自民党の加藤紘一元幹事長を頼った。「官房長官に話をしたいので仲立ちをお願いしたい」 加藤氏は河村建夫官房長官に「野党が後ろにいると思わないで話を聞いた方がいい」と進言し、河村氏は「政府としてもできる限りのことをする」と菅氏に電話で伝えた。

 厚労省に到着した大村氏は、夕闇が迫る中、幹部職員らと対策を協議していた。大谷泰夫官房長らは「正月休みは今日で終わりだ」と三々五々集まった。 「生活困窮者への対応は基本的に自治体の仕事です。中央政府の施設を宿泊に提供したことは戦後の混乱期もなかったはずです」。官僚たちは難色を示したが、適当な受け入れ施設はいまだに見つかっていなかった。

 大村氏は「これで麻生政権をつぶしたと言われたらどうするんだ。万策尽きたから開けるぞ」と宣言し、講堂の開放を決めた。午後6時半ごろ、湯浅氏の携帯電話が鳴った。「私の判断で講堂を開けます」。大村氏の声だった 野党の議員たちが相次いで駆けつけた2日午後、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」は寝床のない失業者と支援のボランティアであふれ返っていた。 民主党雇用対策本部役員の高山智司衆院議員は、菅直人代表代行の指示で現場に駆けつけた。「正直言って最初はイベントくらいの感覚で行ったら、全然違った。これは大変だと思った」という。

 テントだけでなく、炊き出しの鍋や釜も足りなかった。合流した菅氏と周辺のレストランなどに調理場の提供を頼もうとしたが、正月休みで責任者がつかまらない。民主党本部ビルでの受け入れも、テナントとして入居しているため断念せざるを得なかった。 厚生労働省で対策を練っていた大村秀章副厚労相は午後5時半ごろ、千代田区の石川雅己区長に電話で支援を頼んだ。しかし、「正月休みに急に言われても対応できない」。派遣村からあふれた人たちが野党議員とともに厚労省前でシュプレヒコールをあげ、テレビで放映される事態だけは避けたかった。

 同じころ、菅氏は隣接する中央区の矢田美英区長の携帯電話を鳴らした。「区長選で民主党も支援していたはずだ」と思い出した。「使ってない学校とかで受け入れられませんか」。矢田氏は「検討して部長に返事させます」と前向きだった。
 首相官邸サイドも独自に動いていた。

 河村建夫官房長官の秘書官は2日から日比谷公園に行き、現場の状況を把握していた。河村氏は同日、旧知のよしみでコンビニ大手「ローソン」の新浪(にいなみ)剛史社長に電話を入れ、食料の提供を頼んだ。「1000個か2000個のおにぎりだったら何とかなる」という答えが返ってきた。
 塩谷立・文部科学相は河村氏の指示で千代田区内に学校の空き施設がないか探したものの、回答は「難しい」。このため、河村氏は菅氏とは別に、矢田中央区長に直接電話で協力を求めた。
 「今回の件は一種の災害だと思っている。協力をお願いしたい」。すでに施設の選定に入っていた区長は協力を約束した。河村氏は自民党東京都連会長を務める石原伸晃幹事長代理にも「東京都の知事部局を動かしてほしい」と要請した。

 3日夕、東京・神山町にある麻生太郎首相の私邸。河村氏から派遣村について報告を受けた首相は「これからも支援を徹底してやってくれ」と指示した。支持率急落にあえぐ麻生内閣にとって、派遣村をめぐって対応を間違えれば致命傷になりかねなかった。首相周辺は「通常国会の召集が5日に迫っていたことと、マスコミの関心が高かったことが、異例の判断の理由だ」と打ち明けた。

4日午後3時半過ぎ、日比谷公園内で約400人の「村民集会」が開かれた。

 講堂の使用期限が5日朝に迫っていた。村民のいらだちが募る中で、野党各党の幹部たちが集会に参加した。菅氏は「何年後かには、この活動が日本の雇用、労働問題の大きな転機になったと言われることは間違いない」と派遣村の意義を強調したが、言い終わらないうちに「すぐやれ! すぐ必要なんだよ!」とやじが飛んだ。共産党の志位和夫委員長は「与党を巻き込んで派遣切り防止のための緊急の立法措置が必要だ」と主張。拍手が起きた。社民党の福島瑞穂党首は「派遣法の抜本改正を実現する通常国会にしよう」と呼びかけた。最後に新党大地の鈴木宗男代表が「雇用と宿舎を確保するための国会決議を出そうじゃありませんか」と提案すると、熱気に押されるようにその場で全野党幹部による文案作りが始まった。

 決議の原案には「このままでは路上での死亡者が出る」とのくだりがあった。しかし、自民、民主両党の調整過程で削除され、7日の参院本会議で全会一致の採択となった。現場では部分的に協力し合った与野党も、舞台を国会に移すと再び党略に縛られた。厚労省の調査では、雇い止めなどで職を失う非正規労働者は3月末までに約8万5000人に上る。社員寮など住居も同時に失うのは、状況を把握できた3万5208人のうち2157人だ。 5日以降、東京都内4カ所の施設に分散していた派遣村の失業者約500人は、12日から2カ所の旅館に移動する。村の実行委員会は生活保護の受給手続きが進めば、アパートなどに入居できる人が増えるとみている。ただ、派遣村を必要とする日本の雇用環境は何も変わっていない。

 舛添要一厚労相は5日の記者会見で「個人的には」と断ったうえで、04年に解禁された製造現場への労働者派遣を再び禁止すべきではないかと問題提起した。ただ与党内では「今禁止したら、雇用切り捨ての口実になる」「企業にとっては雇用の柔軟性も大事だ」などと否定的だ。
 派遣村の湯浅誠村長は「企業はまさにこういう時のために非正規労働者を増やしてきたのだから、自浄作用は期待できない。派遣村のモデルを全国に広げたい」と話している。
    ◇
 堀井恵里子、田中成之、佐藤丈一、坂口裕彦、田所柳子、高本耕太が担当しました。
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090112mog00m010002000c.html
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2009年 01月 17日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
やっぱり、チェ・ゲバラの娘に会いたかったな。
そんな訳で今、観たい映画は『チェ 28歳の革命』です。これは以前から話題だったよね。2部作になっていて、これをやると知った瞬間「やっときましたか!」って感じだったね。そんな訳で映画『チェ 28歳の革命』を観たいです。

アメリカ大統領オバマ氏がリンカーン大統領の聖書を使っての宣言と日本の対比に加えて、しかしながらその不景気の影響はアメリカ経済にあるためアメリカ主導の世界経済になってる?気がするんだけどその辺を語ると大変長くなってしまいます。

何が言いたいのかといえば、
『本気で世界を変えようとした人間』がいた、という事実であります。
彼は英雄でもありますが、同時に私たちと同じ人間であります。それはオバマ氏も同じであります。彼のスピーチが全世界の注目の的となっています。彼は最後に「ヘルプ・ミー・ゴッド」と付け加えなくてはいけません。日本経済は2009年“苦しい時の神頼み”となっています。迷走する政治と解散の迫る麻生内閣。

私たちは「yes,we can change」と言えるでしょうか。
チェ・ゲバラであれば、「yes,we must change」というのではないでしょうか。
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2009年 01月 17日 (土)
そういや岡本太郎氏の作品を取材したのは昨年だったか。タイミングが良く重なったんだろう。僕はつくづくラッキーだと思う。
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岡本太郎氏からの力のあるメッセージです。
(著書 『自分の中に毒を持て』より抜粋)

ぼくがここで問題にしたいのは、人類全体が残るか滅びるかという漠とした遠い想定よりも、いま現時点で、人間の一人ひとりはいったい本当に生きているだろうかということだ。本当に生きがいをもって、瞬間瞬間に自分をひらいて生きているかどうか。

システムのベルトコンベアーに乗せられ、己を失って、ただ惰性的に生活をつづけているというのなら、本質的に生きているとはいえない。ならば人類滅亡論をいうことも意味がないじゃないか。一人ひとりが強烈な生きがいにみちあふれ、輝いて生きない限り。
 
たしかに今日の小市民生活は物質的には恵まれている。暮しは昔に比べてはるかに楽になってはいるが、そのために生命の緊張感を失い、逆に空しくなっている。進歩だとか福祉だとかいって、誰もがその状況に甘えてしまっている。システムの中で、安全に生活することばかり考え、危険に体当たりして生きがいを貫こうとすることは稀である。

 自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。
 己を殺す決意と情熱を持って危険に対面し、生きぬかなければならない。今日の、すべてが虚無化したこの時点でこそ、かつての時代よりも一段と強烈に挑むべきだ。

 強烈に生きることは常に死を前提にしている。死という最もきびしい運命と直面して、はじめていのちが奮い立つのだ。死はただ生理的な終焉ではなく、日常生活の中に瞬間瞬間にたちあらわれるものだ。この世の中で自分を純粋に貫こうとしたら、生きがいに賭けようとすれば、必ず絶望的な危険をともなう。そのとき、「死」が現前するのだ。惰性的にすごせば死の危機感は遠ざかる。しかし空しい。死を畏れて引っ込んでしまっては、生きがいはなくなる。今日はほとんどの人が、その純粋な生と死の問題を回避してしまっている。だから虚脱状態になっているのだ。

 個人財産、利害得失だけにこだわり、またひたすらにマイホームの無事安全を願う、現代人のケチくささ。卑しい。小市民根性を見るにつけ、こんな群れの延長である人類の運命などというものは、逆に蹴とばしてやりたくなる。人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだ。それが誇りだ。死ぬもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストを尽くすことだ。現在に強烈にひらくべきだ。未練がましくある必要はないのだ。一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、ともに巨大なドラマとして終わるのだ。人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには栄光だと思える。
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2009年 01月 14日 (水)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
丑年なのでリムジンで箱根の温泉で富士山を一望してきました。
どうも、崖っぷちのポニョです。常に、崖っぷちですw

友人と急遽、夜中に箱根の温泉に行こう!!という話になりました。夜3時。バビューンと車をかっ飛ばして箱根芦ノ湖。寒すぐる!!!!w
あの寒さは死にます。・・・箱根、なめてました。
(~中略~)
そんな訳でリムジンで乗り付け、箱根の富士山が一望できる温泉に到着です。なんだか、リムジンってダックスフンドみたいですね。しかも、曲がれないだろっていうね。スリップしてタイヤ滑るだろっていうね。
hakoneonsen01
箱根で唯一!!富士山を眺め、入れる天然温泉。
ベスポジ富士山。ああ。コレ、最高だわ。やっぱジャパンだわ、日本だわ。yes!!we can!!!ニッポン最高!!!ひゃっほーい!!温泉で富士山を眺めながら3時間もゆっくりと源泉に浸っておりました。
hakoneonsen02
【山部赤人:田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ】

なんていう百人一首を温泉で詠んでしまいたくなりますわ。目の前には温泉に雪化粧の富士山。いやー、富士の高嶺に雪は振りつつ、とはよく言ったもんだなぁと。
ここで、一首。
『箱根湯にウチ(家)出でてみれば白妙のフジ子の高嶺に雪は降りつつ』 
hakoneonsen03
*現代訳:箱根の温泉にうちから出でて行ってみれば真っ白な白妙な雪でしたよ。そして、富士の高嶺に雪は降りつつも、隣の女湯の方からは峰フジ子の様なバディの女子大生と想われる集団の若々しい声がキャピキャピと聞こえ、胸が高鳴り、そちらの方に耳が傾く。という意味です。いやー、久々にいいお湯にいい眺め、いい強行採決でした。

*写真・ダックスフンド号/富士の高嶺に雪化粧/温泉から富士の高嶺を
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2009年 01月 10日 (土)
すいません。
最近、本気で生きていなかったかもしれません。
自分に甘くなっていたのだと思います。

今日という日を忘れずに胸に刻み、
少し本気で生きてみようと思いました。

そうだ、めちゃくちゃ生きてやろうと。
ただの傍観者になってはダメだ。
自分の人生の舵取りは自分でやらなくては。

未来を見据えて、少し腰をすえようと思いました。
忘れないように書き留めておこう。
本気宣言です。
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2009年 01月 10日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
歴史に記されぬこの現実。
明らかに常軌を逸脱しているこの世界。
クラスター型爆弾弾投下地点の各距離。
実に10センチ以下、という狂気。

爆撃(コンサート)が終わっちまえば。
さぁ、ピクニックだ。
そこらじゅうに肉片や手足が転がっている。
ケチャップを浴びた丘。
Hello,ブラッディ・グラウンド(血で塗られた土地)。

この現実。
断じて世界へ知られてはならない。
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2009年 01月 10日 (土)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
とあるMLで(坂本)教授が転載してくれていました。
桑原茂一さんも、tycoon to$hさんも転載しています。
僕も転載します。
みんなも転載してね!

以下転載↓↓↓
転送歓迎だそうです。
Begin forwarded message:
/////////////////《以下転送》//////////////////////
友人、知人を通して、海外の重要な記事が翻訳され たものがメールで転送されてきています。
これはガザに入っている唯一のノルウェー人医師から 現地報告。

『私たちは次から次へと切断手術をしている』

ノルウェー政府の外交圧力、二人の医師の働きに頭が下がります。

                        森沢典子

********転送です~転送可~********

ガザ地区から医師の報告翻訳

 以下は中央ヨーロッパ時間の1月6日(火曜)午前9時半にドイツ紙『南ドイツ新聞』の電子版に掲載されたものの翻訳です。インタヴューの正確な日時が不明ですが、内容からしてガザの現地の5日(月曜)の夜中あたりだと思われます。ガザには外国人記者が入れないため、地上戦開始下の病院からの医師の報告として貴重なものと考え翻訳しました。この翻訳は「訳責;梶村太一郎/ベルリン」と明記された上で、どしどし転送して下さって結構です。

原文;http://www.sueddeutsche.de/politik/752/453443/text/
ここではギルベルト医師の写真も掲載されています。
以下翻訳、( )内は訳注。
ーーーーーーーーーーーー
(見出し)ガザ地区の市民犠牲者
「私たちは次から次へと切断手術を続けている」

(記事リード)イスラエルの地上進攻の開始以来市民の犠牲者の数は急増している。ノルウェー人のマッズ・ギルベルトは、現在ガザ地区に滞在している唯一の西側の(欧米の意味)ふたりの医師のひとり。ギルベルトはドラマチックな報告をした。

インタヴュー;トーマス・アウ゛ェナリウス記者

(人物解説)マッズ・ギルベルト(Mads
Gilbert)61歳、は麻酔医でノルウェーのトロムソ大学教授。彼は新年から同僚の同僚の外科医エリク・フォッセ(Erik Fosse)医師とともにガザ市のシーファ(Schifa)病院で手術をしている。ふたりはNorah (原文;Norwegian Medical Solidarity Organization Norah)の会員である。

(インタヴュー始まり)
南ドイツ新聞(以下SZ);ギルベルト博士、ガザの情況はどうですか。

マッズ・ギルベルト(以下MG);今夕の情況はドラマチック以上のものだ。
激しく爆撃されている。この48時間は大変に厳しかった。ガザ市の野菜市場への攻撃で多数の死傷者が出た。今日病院に運ばれた210人の負傷者の内だけでも35人が救急部門で死亡した。死者の内で18人が9歳以下の子供たちだ。私たちは次から次へと切断手術を続けている。廊下は切断手術を受けた患者でいっぱいだ。私はすでに手術をいくらしたか数えられない。

SZ;犠牲者のうち子供と女性はどれくらいでしょうか。

MG;今日、私はひとりの子供の手を切断手術した。この子は家族のうち11人を失っている。私たちのところに九ヶ月の赤ん坊がいるが、この子の家族は全員がイスラエルによって殺された。市民の犠牲者の数は急激に増加している。月曜日の晩には死者は540人、負傷者は2550人だった。死者の
30パーセントと、負傷者の45パーセントが女性と子供だ。これまでで、子供の死者は117人、負傷者は744人だ。

SZ;救助隊の作業はどんなに危険ですか。

MG;今日は救急車二台が襲撃された。二人の救助隊員が殺されたが、彼らは狙われて攻撃されている。シーファ病院の隣のモスク(イスラム寺院)が空襲された。そのため病院の窓ガラスがすべて割れてしまった。今は外の気温は摂氏7度だから患者全員が震えている。医師や看護人ももちろん同じだが。これら全てが理解を絶することだ。

SZ;病院の職員の情況はどうでしょうか。

MG;ひとつだけ強調したい。この病院には現時点で、医師、看護人、ボランティアが50人いる。私たちは爆撃音を聞きながら、負傷者を満載した車を待っている。私はこれまでに、彼らパレスチナ人の医師たちと助手たちほど献身的な働きをする人間を見たことがない。

SZ;あなたはハマスの戦闘員も治療しますか。

MG;その質問は適切ではない。私たちはここで医師として誰でも治療する。
わたしたちはイスラエルの兵士にもそうするだろう。しかし、私は何百人もの患者を診たが、その内でハマスの戦闘員はたったふたりだけだった。

SZ;何が最も緊急に必要でしょうか。

MG;とりあえず緊急なのは、爆撃を停止し、イスラエルが境界の通路を開き、食料と燃料をガザへ運ぶことだ。

SZ;あなた自身は安全ですか。

MG;150万人のパレスチナ人が、この世界最大の牢獄に閉じ込められている。彼らは恐れてはいない。なぜ私たちが恐れるべきだろうか。

SZ;あなたはどのようにしてガザ地区に入り込んだのですか。

MG;私たちは元旦にラファ(Rafah)経由で入って来た。ノルウェー政府がエジプトの指導部に非常に大きな外交圧力を掛けたのだ。そのおかげで入って来れた。私はなぜ他の西側の医師たちが来ないか疑問に思っている。世界はここで何が起こっているかを見ることが出来ない。私たちだけが西側の代理人だ。私たちは、援助すべき医師なのだ。それと同時に私たちは世界中の
メディアに電話で情報を伝えなければならない。同僚とここへ来ていらい、私たちは時間を忘れて働いている。あの音が聴こえますか。また爆撃されている。ここで話しを終わりにしなければなりません。

(インタヴュー終わり。翻訳以上)
「訳責;梶村太一郎/ベルリン」
/////////////《以上転送》//////////////
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