僕の鉱物ヲタクは半端ない。正直、高田ジュンジのように宝石鑑定士の資格を取ろうかと思うくらいだ。
極端な事をいえば、鉱物や宝石との出会いは運命だ。オパールはオーストラリア、水晶はブラジル。オパールは水の結晶なんだよ。シリカって知りか?水晶もその昔武田信玄は水の結晶だと思っていたようだ。
山の中で出会う水晶がとくに僕は好きなのだ。水晶といえば、山梨だ。山梨の山はすべて制したともいえる?くらい水晶バカだった。なにが魅力って、地球の造形ですもの。
地球の血管が海流だとすれば、鉱物は地球の芸術だ。
そんな地球の日本の山梨の水晶を掘る。拾う。これが運命。スピリチュアルなことは知りませんが、人との出会いと水晶との出会いは似たようなものです。
今、産地の荒廃とマナーの悪い採集者によって産地が荒らされ出入り禁止になった山もあるのが悲しい。「私の子供のころは裏山で水晶の5cmくらいの結晶がごろごろ落ちていて、子供の頃は投げて遊んでいましたよ。当時を考えればもったいないことをしました。」と案内してくれる鉱物学会の爺さんは言う。
山梨といえば、「ニッポンシキソーショー」だ。これは世界に誇れる結晶である。
ひらたくいえば、ハート型の水晶だ。日本でしか、それもめったに取れない。
東京大学の和田コレクションには、今も東大の博物コレクションには迫力のある日本式相晶が展示されている。僕はどちらかといえば、1cmくらいの小さな日本式相晶が好きだ。
ハート型の水晶なんて、女子大生にゃ人気だと思うけどさ。
そんなのも何日探してもみつからない人もいれば、1時間で出会う人もいるから運命だと思う。石には相性ってものがある。
拾うときに、それは拾う側の人間に対して、確実に伝わる。出てこないときは出てこないのだ。かと思えば、休憩中、弁当を食べているとその足元に転がっていたりする・・・そんなものだから面白い。
水晶と人との出会いは運命。同じようなものなのかもしれない。



























