
昔は南島の扇池の穴のことをシンキチ穴と呼んでいた。シンキチさんという当時、疫病にかかって島流しになった方が南島に小屋を建てて住んでいたそうだ。その歴史をしるのも欧米系の住民の4代目、5代目だろう。

僕の記憶にある南島はまだ、規制もなく赤土がむき出しでサメ池まで赤土が流れていたのを覚えている。サメがいるので怖いというイメージしかなかったが、ネムリブカは人は襲わない。そんなこと当時、小学生のイメージにはジョーズ=サメという図式しかなく怖かった。
親父の足跡。
その歩いた足跡の上を僕も歩いた。親父の足跡の上を歩いくのは横を歩くより楽だったからだ。その時、僕は親父の歩いてきたた世代と僕の歩く世代の繋がりを感じた。


親父の歩いた跡を歩くのは簡単だろう。
だけど、僕は僕にしか歩けない道もあるだろう。自分の道を歩いてゆくのはきついし大変だ。

こうやって親父の後をついて歩いてゆくのは何年ぶりだろう。親子の世代と親父の道を歩いてきた強さと凄さに少し感動するものがあった。
2008年8月 南島にて



























