南 瑠衣@小笠原環境メッセンジャー[ルイいる?blog]
このblogは小笠原環境メッセンジャー@南 瑠衣が自分なりの視点で環境問題を伝える日記です。 清掃活動や環境イベントなどの様子を、随時報告します。
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2008年 12月 25日 (木)
テーマ : 世界平和 - ジャンル : 福祉・ボランティア
「世の人忘るな(God Rest Ye Merry, Gentlemen)」
avemaria

C・ディケンズ著:「クリスマス・キャロル」

気がつけば、2008年も残り僅か。今日はクリスマスである。私は幼い頃、毎年クリスマスには教会でイエス・キリストの誕生の劇や賛美歌を歌い、その意味さえ知らなかったが今改めて思うと大変、貴重な意味のあるクリスマスの過ごし方であったと実感している。
毎週通っていた教会であったが、クリスマスだけは、ろうそくを1本渡されて、ろうそくの炎が尽きるまで、牧師さんのお話を聞くのだがその雰囲気がとても神秘的なものであったのを思い出す。現在の商業的なクリスマスなどではなく、本当のクリスマスを幼い頃から無意識にではあるが、味わえていたことは両親に感謝しなくてはいけないと思う。「クリスマス・キャロル」とはクリスマスに歌われる音楽で、「もろびとこぞりて」(Joy to the World)「聖しこの夜」(Silent Night! Holy Night!)などが歌い継がれている。

クリスマスはいつ生まれたのか?といえば、19世紀のイギリスであろう。
その時代は「貧困の時代」とされ、飢餓や貧しく苦しむ人々ばかりで明るい話題などなかった。そんな時代に貧しい人に救いの手を差し伸べるというクリスマスの精神は瞬く間に広がりを見せた。世界を取り巻く問題は現代の私たちとそう大差がない。現代風にいえば、リーマン・ブラザーズの破綻による世界経済の崩壊危機やアメリカ・ビック3救済措置、サブプライムローンによる世界同時株安と経済の景気後退による景気の悪化。派遣社員の切捨てと来年度新入社員の内定取り消し。まさに、現代も「クリスマス・キャロル」にみる「貧困と先行きの暗い時代」である。

作品の主人公は、エベネーザ・スクルージという初老の商人で、冷酷無慈悲、エゴイスト、守銭奴で、人間の心の暖かみや愛情などとは、まったく無縁の日々を送っている人物である。(スクルージとは、“ケチ”という意味である)血も涙もない、強欲で、金儲け一筋の商売を続け、隣人からも、取引相手の商人たちからも蛇蝎のごとく嫌われている。
彼は言う「クリスマスとは、どうゆう時期だ?金もないのにたまったツケを払わされ、1つ年をとり、これっぽっちも豊かにはなりゃしない。帳簿を締めればほとんどとりっぱぐれだ。“めでたい”なんて言う奴には心臓にヒイラギの杭を打ち込むぞ!」

明日はクリスマスという夜、事務所を閉めたあと自宅に戻ったスクルージは、かつての共同経営者で、十年前に亡くなったマーレイ老人の亡霊の訪問を受ける。マーレイの亡霊は、金銭欲や物欲に取り付かれた人間がいかに悲惨な運命となるか、自分自身を例としてスクルージにさとし、スクルージが悲惨な結末を回避し、新しい人生へと生き方を変えるため、三人の精霊がこれから彼の前に出現すると伝える。

その夜、彼は貧しいが心清らかに聖夜を祝う人々を見て改心したのである。

スクルージを訪ねる三人の精霊は、「過去のクリスマスの霊」、「現在のクリスマスの霊」、そして「未来のクリスマスの霊」である。過去の精霊は、スクルージが忘れきっていた少年時代に彼を引き戻し、孤独のなかで、しかし夢を持っていた時代を目の当たりに見せる、また青年時代のスクルージの姿も見せ、金銭欲と物欲の塊となる以前のまだ素朴な心を持っていた、過去の姿を示す。

次に出現するのは現在のクリスマスの精霊である。現在の精霊は、スクルージをロンドンの様々な場所に導き、貧しいなか、しかし明るい家庭を築いて、ささやかな愛で結ばれたクラチットの家族の情景を示す。クラチットの末子ティムが、脚が悪く病がちで、長くは生きられないことを示す。現在の精霊と共に世界中を飛び回って見聞を広めたスクルージは、疲れ切って眠る。そして再度目覚めると、そこには真っ黒な布に身を包み、一本の手だけを前に差し出した、不気味な第三の精霊・未来のクリスマスの精霊がスクルージを待っている。

この作品は、「クリスマス・キャロル」という題名となっている。クリスマス・キャロルはキャロル(祝歌・讃歌)の一種で、キリストの誕生を祝ってうたわれるキャロルである。キリスト教的博愛・アガペーの人間愛と無縁であったスクルージが、精霊との関わりで得た経験によって人間愛に目覚め、愛の象徴としてのクリスマスに絶大な意味を見出したが故に、クリスマスを祝う歌としてのクリスマス・キャロルが作品の題名になっていると考えられる。それは、スクルージが世の人々のため、更に自分自身のために、クリスマスの意味を称揚して祝いうたう歌という意味とも言える。この中心となる人間愛の主題は、作品のなかにおいても具体的な形で、場面で描写され示唆されている。作品のオープニングにおいて、スクルージの事務所には何人かの人が訪ねてくるが、いずれもが、クリスマスの祝福をスクルージに伝え、キリスト教的な博愛を語っているが、スクルージはこれらの訪問者やその提案・言葉をことごとく拒絶する。

そのスクルージさえも、アメリカから始まった金融危機や世界不況での失業や派遣社員の雇用切捨ての襲い掛かる現代のクリスマスには震え上がるだろう。「クリスマスなんて、めでたくない」と同感したくなる現代である。が、その当時「クリスマス・キャロル」が生まれ人々が貧しくも優しさと温もりを分かち合い、明るい未来を想像してきたように今年のクリスマスも来年に向けての夜にしたい。そして、「クリスマス・キャロル」の影響を受けたであろう、ジョン・レノンもこう歌っている。

それで、今日はクリスマスだけど君達は何をしてきた?
また一年が終わり新しい年のスタートだ。
だから、今日はクリスマス。君達に楽しんでほしい。
身近な人に愛しい人に、お年寄りも若い人も。
楽しいクリスマスと良い新年をお迎えください。
何の不安もない良い年であることを願いましょう。

何はともあれ、今日はクリスマス。
弱い人へ、それに、強い人へ、富める者へ、それに、貧しい者への。
この世の中は全く間違っている。
だから、ハッピーなクリスマスを。
黒い人へ、それに白い人へ、黄色い人それに赤い人へ。
全ての戦いを止めましょう。

“何はともあれ、今日はクリスマス”。世の中はまったく間違っているけど、だからこそハッピーなクリスマスを。【南瑠衣】

参照:ウィキペディア「クリスマス・キャロル」
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