南 瑠衣@小笠原環境メッセンジャー[ルイいる?blog]
このblogは小笠原環境メッセンジャー@南 瑠衣が自分なりの視点で環境問題を伝える日記です。 清掃活動や環境イベントなどの様子を、随時報告します。
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2009年 02月 04日 (水)
バウさんの道中日記『ご注文はLOVE&PEACE』

あのバウさんの道中日記になんと、僕が出てくる!!
なんとも嬉しいストーリーです。早いものでもう2年です。憧れだったバウさんにお会いできただけでなく、バウさん自身の夢を叶えられたことの嬉しさったらありません!!!バウさんが僕に一言『みなみくん、好きなことやれるっていいね!』と目をキラキラさせていたのを今でも思い出します。嬉しいわ~。良かった!!人の夢を叶えるパイプ役っていうのがどうも僕にはお似合いのようだ。

バウさんは絶薬の中で、「人生はレストラン」。注文したらそのとおりにでてくる!みんな、「注文」してないんですね。と言っていた。そうか、バウさんのレストランの料理の注文だせるコックだったか。バウさんには以前、別件でお会いした時に何か一言と頂いた。希望のライムと同じく、『夢を持とう。夢の中に全てあるよ』だった。

いやぁ・・・バウさんと会えて一緒に活動出来るだけで僕は嬉しいです。
本当に、良かった!!嬉しいです。そして、また面白そうなプロジェクトに巻き込まれそうな予感。良かったら、読んで見て下さい^^
参照:http://www.peace2001.org/2006/main/bow/20090130_bow_01.html
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【内を向いて歩こう】

2年前、小笠原が生まれ故郷の南 瑠衣くんが島に帰ると言うので、もし隣の島の硫黄島の島トンの苗木が小笠原で見つかれば、一株でもいいから手に入れて欲しいと伝えたところ、父島でゲストハウスや海のガイドをしている瑠衣くんのオヤジさんが、山の中に自生している島トンを見つけて、私のもとに二株届けてくれました。

小笠原父島のガイドハウス【リトル・ジョージ】

推測では、硫黄島の鳥が小笠原の島までその種を運んでくれたらしいと、お聞きしています。
この硫黄島の島トンを栽培することが、以前からの私の熱烈な夢でもありましたので、東京駅近くのOAZOのカフェで瑠衣くんからその二株の苗木を渡されたときは感動ものでした。
その当時の私は、日本中を動き回っていたこともあり、栃木の野上さんと小笠原の気候に似た沖縄の友人に一株づつ送り込んで、育ててもらうことにしました。

その後、沖縄の友人とは音信がとだえたままなのですが、栃木の野上さんが一本の苗木をたいせつに育て上げてくれて、去年はその分け前(笑)の39株の苗木が私の手元に届きました。
この39株の苗木は、近くに畑を借りて増やして行こうと思っていたのですが、借りることができた畑を見に行くと、その畑の隣に鉄壁に囲われた産廃業者の盛り土の山を見てしまってその畑を借りることを断念しました。

でも、私には友人がいました。

一株、三株と友人たちが硫黄島の島トンにかける私の熱い夢に賛同してくれて、自分の家のベランダや畑で育ててくれたのです。 私自身は、39の苗木の中の一番小さな苗木と、一番大きな苗木と、ちょうど真ん中ぐらいの大きさの苗木を全部で3本自分の元で育てることにしました。

そうして、私と島トンの相互観察会が始まりました。お互いに観察し合うのです(笑)植物を育つのをすぐ横で観察できると言うのは、実におもしろいですね!
友人たちは、11月頃に霜が降りた頃に島トンを収穫して、残った幹の部分や根っ子まで取っ払ってしまったようなのですが、私はまだまだです。

もともと硫黄島で自生していた島トンですから、四季がない土地でこの島トンは育ったと決めてかかったのです。 その予想通り、最初の花が咲いてそこから島トンの実が成るのですが、そこで終息宣言をしないで、そのまま次ぎの成長を気長に待つと、大きな葉っぱが順番に枯れて行って、その近くからまた新しい小さな葉っぱが出始めてきて、1月になってからもまた新しい花を咲かせて、その先から島トンの実が出始めています。

数日前、嬉しい現場に立ち会う事ができました。島トンの実が自然落下をした瞬間に立ち会えたのです。これも、人間が収穫時期を決めて栽培すのではなく、その苗の天然の時間軸の中で島トンを見守って行きたいと言う思いがあったので自然落下の時期に巡り会えたのかも知れません。

飛んだ話しに聞えるかも知れませんが、これが、相互理解と言うものかも知れないですね。いつも誰かのそばにいて、口出すこともなく、気長にその成長を待つ姿勢を保つのですから。
と言うことで、今年の島トンの栽培方法を考えています。畑を借りることも考えてみたのですが、去年台風が来なかったので今年はどうかと心配しています。

考えてみれば、農業をやるって度胸がいるんですよね。自分の生活をかけて数ヶ月間、何かの苗を育てていくのですが、その最中に風速60mの台風が一本でも来れば、それでほとんどのモノがオジャンとなるのですから。 これは、勇気がいりますネ。と言うか、ギャンブルに近いのかも知れないと私は感じています。ですから私の場合この硫黄島の島トンの種を一カ所の畑ですべてを植えるということを、しないと思っています。躊躇していると言った方が近いでしょう。

さて、私が島トンに惹かれているこの心境は、若い頃にカヌーで日本の川を100本下ろうとした時の心境によく似たものがあります。だれも一緒に下る技量の人が見つからず、どんな川であろうと自分ひとりのパドルの技術とハイな判断力しか役にたたないと考えていた時期の心境に似ているのです。

言い換えれば、どんな難所の急流の瀬であろうとも、自分の力量をすべて出し切れば何とかなると考えていた時期でした。 ところが、台風の後の、それも始めて経験する長良川の濁流を一人で下った時に、ひょいと見たカヌーの横に流れていた枯れ葉に気がついたのです。
次ぎの瀬を越えるにはどうすればいいか、次ぎはもっと危ないかも知れないと恐怖から逃れるすべをあれこれと考えていた私に、その枯れ葉は瞬間的に教えてくれたのです。

ひょうひょうと流れるすべを。

私は、とっさにその枯れ葉の後ろについて行くことを思いつきました。枯れ葉は岩にもぶつからず、それでいて次ぎの瀬の安全なコースへ向けた懸命なパドリングをするわけでもなく、ひょうひょうとただただ流されて行くのです。もちろん沈することもなく。 この2年間、そばで眺めて来ただけの硫黄島の島トンなのですが、その時の枯れ葉に似たことを私に知らせてくれていると気がつき始めました。何か、今まで以上にシンプルな生き方を望むようになってきました。

どこかの本で読んだのですが、この地球上の生物で、太陽と直接の関係を結びながら自身を成長させているのは、実は植物や植物性プランクトンや藻だけなのです。
ヒトを含む動物や魚や鳥たちは、それらの連鎖の中で依存して生活をしているだけなのです。言い方をかえれば、この地球の本来の主役はヒトではなく、植物なのかも知れません。 『ウォーリーの家』の時に紹介したディズニーのあのアニメも、禅問答風に解説すれば、植物が中心のテーマになっていると言えるのです。

硫黄島の島トン。たかが島トンと笑うべからず。
たかだか3本の苗木と笑うべからず。
そこには、自分があるのです。


硫黄島の島トンは、この2年の中で、私にこれまでの物欲や習慣や常識や知識や思考や名誉欲で生きて行くのではなく、すっぴんで生きて行くすべを伝授してくれているような気がしているのです。
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バウさんの道中日記より抜粋。
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