ちなみに、島の居酒屋だと4つで600円とかだ。これだけお腹いっぱい、島の料理をたらふく毎日も食べられるなんて幸せ過ぎる。

普段は美津でお弁当を作っているがその量が半端ではない。おにぎりを25人分、50個にぎるのは当たり前だ。毎日、島の人や島の仲間の飲み会に行く前に「ご飯だけはしっかり食べていきなさい」と島の料理を出してくれるのだ。そんなわけで、帰る頃には4kg太った。いかに、東京の生活が不摂生だったのか身にしみた。
島の海の男やその家庭は夜寝るのが早く8時には寝てしまう。飲んで帰ってくるのは0時を過ぎるので、親父も亮子さんももう寝てるのだ。東京の内地にいると大体寝るのは1時過ぎだ。
だが、小笠原の朝は5時と早い。
これには理由もある。大体、島の観光船は8:30には海に出るのでそれまでに、海の状況を判断しなくてはいけないし、天気や風や潮の流れによっては、早起きしても海に出るのを止めることすらある。しかし、その決断力と経験こそが、小笠原の海の怖さを知ってのことだと、とことん感じた。それに、お店は観光のお客さんのお昼のお弁当を作っておかねばならないのだ。
観光客の裏側には、こうした島の人の努力があって快適な観光が出来るのだなぁと感心した。
朝7時、頑張ってみたが、起きるともうみんな、仕事へ出て誰もいなかった!
2008年8月
これからちょこちょこ、いじくったり写真追加します。
http://island.geocities.jp/ogasawara_photo_40/index.html
25歳の節目として人生面白くしたいと思います!
健さんも呼んだよ!あと、なんかTVの取材とかも来るらしいよ〜?
みんなで飲もうぜっ!!・・・ってそうゆうのじゃないですけど、お店も確保してありマンモス。東京ミッドタウンで会いましょう!
皆さん、見に来て下さい。毎日、赤いつなぎでいますので!!^^
みなみ
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■タイトル:『東京Subtropical Zone』
大塚光紀写真展「小笠原Landscape〜RGB原色の世界〜」
岡野哲也写真展「鯨飛沫〜くじらしぶき〜」
南瑠衣活動展示「小笠原の海とゴミと自然とアナタ♪」
東京農業大学活動展示「外来種駆除の問題について」
■期間:2008年10月10日(金)〜10月16日(木)
■時間:午前11時〜午後8時 (最終日 午後2時まで)
■会場:富士フイルムフォトサロン/六本木 東京ミッドタウン
(フジフイルムスクエア2F) 入場無料 会期中無休
■作品点数:カラー計45点
■特別ゲスト:アルピニスト・野口健氏 ほか
<写真展作品紹介>
小笠原諸島返還四十周年記念企画展を共催写真展という形で開催。大塚は小笠原に存在する原色の世界を『地球の懐」と位置付け、その懐の楽しさ、スリル、安心感を五感への刺激に転換。癒し系ではない『活力系の島 小笠原』を発表。岡野は小笠原の海で鯨類のアクションによって生み出される『しぶき』に生命力を魅る。空に舞うクジラの巨体から迸る飛沫。イルカによって切り裂かれた海面に踊る水流。水と空気がとか作り出す一瞬の造形美を切り出す。
大塚光紀・岡野哲也
※展示内容の詳細は、開催日の前月から富士フイルムホームページにて、ご案内しています。
後援・協賛:小笠原村 小笠原村観光協会 小笠原海運(株) 小笠原諸島返還四十周年実行委員会
協力・コスモ石油 野口健事務所
『東京Subtropical Zone』
大塚光紀写真展 「小笠原Landscape〜RGB原色の世界〜」・岡野哲也写真展 「鯨飛沫〜くじらしぶき〜」を富士フイルムフォトサロンにて開催いたしますので、ご案内申し上げます。
<写真展作品紹介>
小笠原諸島返還四十周年記念企画展を共催写真展という形で開催。大塚は小笠原に存在する原色の世界を『地球の懐」と位置付け、その懐の楽しさ、スリル、安心感を五感への刺激に転換。癒し系ではない『活力系の島 小笠原』を発表。岡野は小笠原の海で鯨類のアクションによって生み出される『しぶき』に生命力を魅る。空に舞うクジラの巨体から迸る飛沫。イルカによって切り裂かれた海面に踊る水流。水と空気がとか作り出す一瞬の造形美を切り出す。
大塚光紀・岡野哲也
※展示内容の詳細は、開催日の前月から富士フイルムホームページにて、ご案内しています。
http://www.fujifilm.co.jp/photosalon/

昔は南島の扇池の穴のことをシンキチ穴と呼んでいた。シンキチさんという当時、疫病にかかって島流しになった方が南島に小屋を建てて住んでいたそうだ。その歴史をしるのも欧米系の住民の4代目、5代目だろう。

僕の記憶にある南島はまだ、規制もなく赤土がむき出しでサメ池まで赤土が流れていたのを覚えている。サメがいるので怖いというイメージしかなかったが、ネムリブカは人は襲わない。そんなこと当時、小学生のイメージにはジョーズ=サメという図式しかなく怖かった。
親父の足跡。
その歩いた足跡の上を僕も歩いた。親父の足跡の上を歩いくのは横を歩くより楽だったからだ。その時、僕は親父の歩いてきたた世代と僕の歩く世代の繋がりを感じた。


親父の歩いた跡を歩くのは簡単だろう。
だけど、僕は僕にしか歩けない道もあるだろう。自分の道を歩いてゆくのはきついし大変だ。

こうやって親父の後をついて歩いてゆくのは何年ぶりだろう。親子の世代と親父の道を歩いてきた強さと凄さに少し感動するものがあった。
2008年8月 南島にて


























